journal in japan

記憶の中の詩

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2012-10-07 [ Sun ]
Arvo Part - Triodion

時季はずれだけれども・・・
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2009-02-12 [ Thu ]
想いおこせり 梅の花


rosa_pflaumen

2008-12-21 [ Sun ]
[YouTube] here comes the sun

2008年のひと文字:道
2009年のひと文字:前
2007-08-03 [ Fri ]
518709783_97.jpg     518709783_156.jpg


最初に手が伸びたのは
バーボンだったが、そういえば葉月に入ったので
韓国焼酎をロックで。
瑠璃色の切子が、からから鳴る。
木槿も葉月を待ちわびていた。

fotos:宗旦槿

*
よゐ風に梳りたるむくげかなひとよひとよの玉の緒結びつ
          2007/08/04 08:15 (Sat)
2007-07-23 [ Mon ]
070716_1029~01.jpg     koiso_sai.jpg



ワーシャの誕生日。
火曜、天国での誕生日は
スケジュール調整でぽっかり休みになった。
カサ・ブランカをまた飾ろう。

今ワーシャの居る処からほど遠からぬ(笑
樹にやっと咲いた、ピンクの百日紅。
仏さまの庭のすぐそばですが。

もう1つの絵は、『斉唱』。
K.R. にまつわる思い出は、祖父とは直接には
関係ないのだけれど、
また歌を歌ってあげたくなったので。
2007-07-20 [ Fri ]
風や光や
色や香りや
形や音や・・・
いろんなものを今は吸いこんでいる時期なのでしょう。
必死に。

革靴の爪先ごしに土のしずくさえ
皮膚が深呼吸しているようで。

そんな感覚や印象たちが遠くない時
ふたたび紡がれ流れだしてくるであろうまで。
2007-06-23 [ Sat ]
やっとつかまえた。
このところわりにはっきりした夢を見るのに、
眼が覚めるとなんにも思い出せない、
その繰りかえしだったので。

ほとんど掻っ攫うようにヨーロッパの見知らぬ町へ
連れてこられて、これからしばらくなにかの目的で
拘束されるらしい。
ただし2,3日後には次の場所へ移送。

こういうときによくやるように、
私はあちこち電話をかけて、スケジュールの合間に
会えそうな相手を探す。
・・・ゃ、それはよくやることなんだけど、
相手がなぜ、10年以上会ってない体育会の後輩かは謎。
まぁ、夢ってそんなもの。
GSM 機でなく今の自分の携帯でかけてるし <海外未対応

でもスケジュールや各滞在地がわからなければ、
会う相談もあったものではない。
ただそのうちあたりに物音がしてくるので、
自分が時差を考えて電話する順番を決めてたのだとわかる。
5時からばたばたしはじめるとは早いが、
なんだかその生活リズムが嬉しく懐かしい。
前回アッシー&メッシー役をしてくれたユーロチカ一家と
前回なんのかんので電話でしか話せなかったニンカは
ちゃんと「アポ成立前提」で、透過度20%の姿で(笑
もうそのへんにいる(爆

足もとにはトランクの中身が散乱している。
・・・ってなんともはや、やっぱり紙ばかりだ(嘆
小さいトランクとはいえよくこれだけ紙ぎっしりを引きずってきた
ものだけれど、これは滞在目的に含まれるのでしょうか?
それとも extra で背負いこんでいるものでしょうか?

その他いろんな場面や会話や人物の姿があったのだけれど、
これはあえて省略 <さらに脈絡もなく endless 化必定

意識にしつこくつきまとっていたのは
トランクの中の紙をどう処理しようというのと
最後の2,3時間で、このヨーロッパ的には中規模の街を
どう見物しようか、明るい時間に動けるだろうかという懸念。

・・・
消えてしまう夢も、旅や移動しているのが多い。
小さい圏内移動だったり、もっと遠距離の旅だったり。
日本国内のことも、外国のこともある。
知ったはずの土地でも、知らない電車や路線が出てくる。
自分では、旅は得意でも嫌いでもないと思っているのだけど。

そうだ!
ひとつ思いあたったのは、昨日が夏至だったこと。
そんなわけで旅の夢は珍しくないが、
> 最後の2,3時間で、このヨーロッパ的には中規模の街を
> どう見物しようか、明るい時間に動けるだろうかという懸念。
このあたりがどうも、夏至 version らしい。
じっさいにはここ何ヶ月かの疲れがじわじわ床上浸水してきて
ぼんやり過ごしてしまった一日だった・・・
2007-06-13 [ Wed ]

.



.


2007-02-27 [ Tue ]
ふと鼻先をかすめたものとデジャ・ヴュ感の正体に、
3秒遅れて気づいた。
私だ。
お気に入りの香水の香り。
インドの女流詩人の名がついていて、
日本では発売されていない。
 <同じブランドの別銘柄は、近年よく見かける
もう何年も前に買ったのを大切に少しずつ使っているけれど、
その間に同じ香りに出会ったのは、今日でやっと2度め。
1度めは5年以上前、だと思う、
都心の古いデパート、というかショッピング・センターで。
今日は都心でも別エリアの、オフィス・ビル。
静まりかえった廊下で、たしかにグレーっぽい服を着て
すらりと背の高い女性とすれ違ったのだけれど。
ひき返して香りをもう1度確かめる気にはならなかった。
香水をつけられなくなって久しいが、
好きだった香りはやはり処分できずに
時たまバッグの底からほんのり香らせたりしている。
でもこの「東洋の神秘」の香りは、私にとっても非日常モードなのだ。
2007-02-03 [ Sat ]
〔「紙の匂い」の下書きを終わったら、友人の blog に
 大いに共感してしまう話題発見。
 で、私も「本棚」ねたで以前に書きっぱなしだったのを
 -だって「先日再会した友人」て、いつの「先日」よ・微苦笑-
 思い出して発掘したのが、以下の話です・笑〕


留学中、日本人仲間を招んでカレーを作ったことがある。
たしか実家から送ってきた貴重な(笑)カレー・ルゥを使うので、
せっかくなら日本人と一緒にというつもりだった。

思いついてすぐこんなことができるのは、
人口15万足らずの地方都市だったから。
週末でほとんど無人と化した学生寮、共同キッチンを占領して・・・と
思ったらなんだか人の気配がするので、数人で私の部屋に移動した。

人の部屋に入るとまず本棚をチェックするのは、
他に目ぼしいものが大してない質素な部屋のせいもあったが、
類友なのでしかたない。
私も別の友人を初めて訪ねていったとき、
最初に席をはずして戻ってきた友人が
「そこの・・・本、もうぜんぶ見られちゃったと思うけどね、
あの机に積んであるあの資料ね・・・」と言うので、
すべてお見通しかと笑ったものだ。

で、カレー・ブランチの週末、
特に男性陣がテーブルの用意も手伝わずにぶらついているのも
ほっといたのだが、さてお鍋ごと部屋に運んできて
私は思わず「きゃぁ~~~」と叫んだ。
「□□さん、お願い、それだけはやめてっっ!」
お鍋を持ったまま、□□さんを肘で小突いて後じさりさせる。
「お願い、あなたは座って本棚見て!」

本の背表紙チェックならみんなしていた(笑)のだが、
お咎めなしの他の仲間は女性とか、
男性も170cm台前半。
□□さんだけ飛びぬけて、縦も横も大きかった。
いやこの際横幅は関係ないのだけど、たぶん180近かった
□□さんの眼の高さに私は焦ったのだ。

日本式にいえば6-8畳1間に、たっぷりの収納スペースと
シャワー+洗面所+WC がついた個室。
その長方形の長辺いっぱいに可動棚を集めて、
そこに本やら資料やら、その他かっこよく言えば
「見せる収納」用の小物たちも並べていた。
そして古紙回収用の紙類は棚の下の床に、
共同キッチンの割当スペースにおさまらなかったり
勝手に持ち去られては困る調理道具や食器類はいちばん上の棚に。
160cmの私は手だけのばして必要なものがとれればいいので、
最上段の棚の整理など神経質に考えたことがなかった。
私の眼の高さなら平気。
それが、□□さんには余裕でぜんぶ見えてしまうのだ(爆

 (ちなみに WC はフロアになく、各個室にのみあった。
 男性ばかり2人だし、寮はほんとに無人状態だし・・・と
 キッチンで昼食会をしていたとき、1人が用を足したいと言い出し、
 客人が早めに来たのでとりこんだままにしておいた
 洗濯ものを慌ててしまいに行ったこともあったっけ・・・)

当時から新進気鋭の科学者だったらしい□□さんは
プライヴェートでは才人だけれどどこかヌーボーとして、
年下の女子学生に突き飛ばされても怒りもせず笑いもせず、
よろけた先にあった椅子に腰かけて、 <ちゃんと方向は選んだのだ(笑
まったく畑違いの専門書や文学書の背表紙を黙々と眺めつづけ、
何冊かは手にとってページを繰っていた。


先日、久しぶりに会った友人はひとしきり再会を喜びあうと
先に来ていた私が読みかけたページに左手の指をはさんだままの(照
ペーパー・バックに慣れたふうに視線を飛ばしてきたし、
相談ごとがあると寄ってきた若い人も、
用件をきり出すより先に腰をかがめて
私が読んでいた本の表紙を下からのぞきこもうとした。
この子も、若いのに妙に馴れた、そして
私との年齢差も考えない「同類どうし」に対するような態度に
つい声をたてて笑ってしまった。

しかたないです、私のこれ bibliomanie は「業」だから(自爆
〔というか「類友」か、そういう業病の主は身近に多いなぁ・笑〕
2006-10-10 [ Tue ]
たまった本の整理・処分にはまず読むことと、1冊つまみあげて開いた。
発表時、テーマと語り手で話題になった「ノン・フィクション」。
この書き手の文体はざっくりとして、それでいてさらさらしていて
よい意味で寝転んだまま読み流せるので、気がつくとたまっている。
このペーパー・バックも奥付のページに
鉛筆で約半額の値段が書いてあるので、
出先で手もちぶさたに買ってしまったものだろう。

最初の数行に眼を走らせて、これは読み終わっても
古本屋行きの段ボールに放りこめないことに気づいた。
しかも読み進めるごとに、ぜったい無理だとわかる。

女が語り、男が書く。
分析的に読んでしまうのは呆れた癖だけれど、
この語り手と書き手、視点の位置が気になると、
内容は二の次になってしまう。
『ソフィーの選択』も『朗読者』も
ビンゲンの聖ヒルデガルトも、同じ。
しかも『ソフィー』や『朗読者』では書き手が「僕」と一人称を名乗るのに、
ヒルデガルトやこの「ノン・フィクション」の「私」は女性であり、
その上あろうことか今眼の前にいる「私」は
取材をうけるのに曖昧な記憶を補おうと、
男である夫が遺した私小説を読みかえす。
(書き手は「その人」「夫のことを聞きたいという人」などと、
 三人称的に言及される)
また、この夫は執筆活動を続けるのにしばしば、妻や愛人や、
その他身近な人たちに口述筆記をさせるのだ。

あーやだやだ。
引っかかりながらすいすい読み進めたのは、
それでもこの男性ライタのおかげ。
次は何を読もうか。
(次に選ぶ本にも、また別のことで引っかかる予感・・・)
2006-10-03 [ Tue ]
『人間にはどれだけの土地が必要か』のもじり。

荷物が多いの本が邪魔だのという話を最近あちこちでしているのだが、
話しただけで物や本がひとりでに出ていってくれるわけではないので、
段ボールに放りこんでおいた本を古本屋へ持っていった。
箱はまだ全然いっぱいになっていないのだけれど、
箱そのものが邪魔になってきたため(笑
2軒回り、版が古くなった辞書と単行本、新書類を売って、
なんとか軽いランチくらいの値がつく。
文庫本は拒否され、実はまだ未整理の文庫があるので
またまとめて処分しようと今回は持ち帰ってくる <損した気分(笑
帰りに3回りくらい小さい段ボールをもらい、今度から処分用はここに入れる。

ヨーロッパへ1ヶ月ほど行くのに、
いつもなら1週間~10日分くらいの支度で、あとはまめに洗濯したり
足りなくなったものは現地で買い揃えたりするのだけれど、
ある時必要そうなものはできるだけ持っていこうと思いついた。
滞在地の事情がよくわからなかったり、時間的に(お店の営業時間が短いので)
買いものをする余裕がなさそうだったりしたためだ。

心身追い詰まったときにリゾットでいいからお米が食べたくなったことはあるけれど、
梅干やカップ・ラーメンといった「定番」日本食はもともと持っていかない。
重量はずっしり嵩んだが、けっきょくいつものピギー・カートと
ショルダ(PC+1-2泊分の着替えなど)にすべておさまった。

1回めは使い切らなかったりなぜか手つかずのものもあり、荷造りの苦労が馬鹿らしくなった。
2回めはほぼ計画どおり。
資料の荷造りや発送やお金の手間を省くため、いつもより郵送荷物を減らしたり、
最後の滞在地で前から欲しかった RIMOWA の真っ赤なミニ・トランク(機内持込サイズ)が
バーゲンで安くなっていて衝動買い(ていうのか?)したのだが、
その RIMOWA も引きずって帰ることにしたわりには、中に入れるものが足りなくて困った(笑

以来ときどき実際にやってみたりイメージしてみたりするのは、
1ヶ月よそに滞在するとして
この2つのトランクに何を入れようか、ということ。
仕事のストレスがなければ1ヶ月で日本食禁断症状はおこさないので
     <日本の家では基本和食だし・笑
滞在地の国内外はほとんど関係ない。
すると、どうしてもなくてならないものはそんなに多くなくて、
ただ読みかけの本を持っていこうとかお気に入りの音楽をなどと考えだすと
収拾がつかなくなるだけなのだと、いつも同じ結論に達する。

つまりふだんは、全部が無駄とまでは言わなくても
買い置きだとかまとめ買いだとか、あったら便利みたいな発想で
膨大な量のモノに囲まれて暮らしているわけで、
ほんとは自分はもっともっとシンプルに生きられるはずなのだと
大きな段ボールがなくなった床部分を見て思った。

で。
ためしにまた1冊手にとってみた。
だめだ・・・この本はあと5年は、手放す決心がつきそうにない。
W.A. の短編集(爆
2006-06-18 [ Sun ]

ことしの梅雨は陽性とかで、
関東では台風なみの大雨が降って寒いと思うと
30℃近い蒸し暑い晴れのお天気。
周りの人たちも、どうも疲れぎみです。

皆さんのところはいかがでしょうか。
ほんとうは夏のアフタヌーン・ティ用ですが、
ひと足先にラプサン・スーチョン、
蒸す日の一服にはお勧めです。
独特の香りも、ミルクを入れると
まろやかな香ばしさになります。

元気で夏を迎えられますように。
2006-06-05 [ Mon ]
 http://wc2006.yahoo.co.jp/hl?c=event&a=20060531-00000163-jij-spo

元ネタはこちら:
Ausser Schweini und Klose tote Hose

・・・というか・・・"tote hose" って・・・(苦笑
Klose と脚韻を踏んでいるのはわかるのだけれど・・・

(font Size=-1000) ヒント:中村主水が妻と姑に頭が上がらず、いびられていた原因(核爆
もうたぶん(謎笑)6-7年以上前、"Sueddeutsche Magazin" 誌が
某国皇太子の姿にこう書きこんだ写真を掲載し、
当該国の関係者筋が厳重抗議したこともある。(/font)

今回の見出しで気づいたことは、
"tote hose" はいっそ「すっとこどっこい」と超意訳してもいいのではないかと。
「すっとこどっこい」も語源は「ステテコどこ置いてきやがんでぇ」だと、
すばらしくも懐かしい下町江戸弁丸出しの同僚(たぶん少し年上)が
のたまっておられたことだし(爆
2006-05-30 [ Tue ]

昼すぎから天気が崩れる、かなり荒れるかもしれない
という予報はみごとにはずれた。
頭を押さえつけてくる陽ざしに雨傘を翳す気になれず、
俯きかげんに歩いているのは、じっとり湿った空気に
雁字搦めにされて身悶えしている気分だ。
いつの間にかシャツと同じ色にまで戻ってしまった
むき出しの腕も肩も、やわな陽ざしをうけてじんわり疼く。

ふいと視界を遮ったのは、よく繁ったひと枝。
雲龍紙を手で丸めてしぜんに開かせたような葉のあいだに
ぽつぽつと実が生っている。
まだ黄緑がかった赤から、ほとんど黒に近い赤まで。
桑だ。
こんなところに生えていたのか。

少女のころ、学校の帰り道に摘んで食べた桑の木はまだ小さくて
眼の高さに、さほど豊かでもない実りが子供のいたずらを待っていた。
その木はそれ以上たいして育たないまま、
実をつけた姿のままで遠い記憶のひとこまになってしまったけれど
今眼の前の木は高く枝も大きく広げ、
食べごろの実は少し手を伸ばさないととれない。

手を出さずに通り過ぎたのは、
少女がもう少女でなくなったからではなく・・・
いや、その実を啄ばんだなら
葉を綴りあわせて肩をおおうくらいの知恵はついたのかもしれないのに。

しかしパレスチナの無花果の木とは違って
疲れた人にわずかな蔭と風と、
漿果を舌の上でつぶしたときの渋みのある潤いの記憶をくれた桑の木に
私は感謝して視線を高く投げた。

ありがとう。
こんど通ったときには、あなたの木蔭と実を
ゆっくり味わわせてもらうわね。
2006-05-13 [ Sat ]
ラリョーサが我が家の玄関前に立ったとき、やおらカメラをとり出して、
向こうの丘の上の空に五線譜を描く高架鉄塔に何枚もシャッタを切った。
ヨーロッパの映像作家は尾道のなんでもない道路を撮るのに、
左隅の電柱や電線と右上から斜め下におりてくる路地の「止まれ」の逆さ文字で
みごとなV字を描いてみせた。

私なら極力はずそうとする電線を、彼〈女〉らは無邪気かつ巧みに
構図の中にとりこんでしまうのだ。

素人写真を撮りながら、あるいは(特に日本で)撮れないのは、
私は文字を意識しすぎるのではないかと、
W夫妻の写真展を見ながらふと思った。

私にとって意識的に文字を入れた・・・あるいはそこに書かれた文字のために
写真を撮るのは、仕事の一部でもある。
また日本語を読めない友人たちのために、象形文字風にデザインされた
文字や看板を、茶喫み話のたねに撮ることもある。
しかしそうでなければ、意味を持って迫ってくる文字や言葉を
私は視覚的な記憶媒体である写真の四角い枠から、必死に排除しようとしてしまう。

けれど電線も漢字もない国から来た人たちにとっては、
それらは純粋に視覚的な記号、または図柄でしかない。
言語のとらえ方そのものが違うせいもあるのだろう、
文字を見ると音や書くときのペンの勢い、意味までも想起してしまう
東アジア人のように、連想の嵐に耳をふたがれたりしないから、
むしろ楽しんで積極的に、ファインダの中にとりこんでいく。

そんなことを考えたのは、スロープの底のギャラリーへ赴く前日までに
観ていた、あるいは思い出した映画たちの共通項のせいでもある。
家族とは思えないほどてんでばらばらに個性的な話し方をする俳優たち、
言葉を拾う気があるのかないのか、ハンディ・カメラの微妙な揺れを
そのまま伝える映像のように、音量も音響も一定しない科白、
詩の朗読や詩人の呟きが、分断されたモノクロの街を流れていく場面---
私淑した巨匠の作品の舞台を訪ねた作家が、急坂を登る息を弾ませながら
ぽろぽろと零していく言葉は、彼を「カントク」の国で一躍有名にした
代表作のナレーションにそっくりだった。
(その代表作もこの短編映画も、すべては「カントク」へのオマージュなのだ)

もちろん語られる科白の内容に、重要な意味がないわけではない。
しかしそこでは言葉たちはむしろ音でありメロディやリズムであり、
だから義理の親娘の尾道弁と東京弁が響きあうさまも、
奈良町の路地路地の言葉がラストでは山と盆地を見晴るかしてふり注ぐ
科白のない歌に昇華していく過程も、
孤独な人々のモノローグを明るく突き破ってダイアローグへ、
そして空と地上の天使のかけあいへと言葉を動かしていく
イタリア系アメリカ人俳優の陽気に訛った米語も、
それだけで本質的な役割を満たしているといえる。

これら3つの作品がそれぞれ
「大陸のもういっぽうの端」で崇拝者と私淑する後進を見出し、
あるいは人気を博し、あるいは賞を得たのも、
もしかしたら言葉を扱うこの手際にひとつの秘訣があったのではないかと、
素人の印象で空想をめぐらしてみた。

理解できない言葉が好きだ。
読めない文字が好きだ。
それでもなおさし出される意味を自分の中にとりこみたかったら、
とにかく五感をそばだたせて、いわば一糸まとわず
波に身を浸していくしかない。

旧東独の鉱夫がディープ・サウスへ出かけ、
アコーディオン演奏とダンスと、
ドイツ語と英語で響きのよく似た単語と、
そしてあろうことか学校時代に強制されたロシア語で
(これはチェコ出身のバンド・メンバーと)
旅の情けに運ばれていくロード・ムーヴィーは、
観衆から温かい笑いを立ちのぼらせた。
そう、私の旅路を最初から守ってくれたのは、
やはりそんな手探りの音のやりとりだったのだ。
2006-05-13 [ Sat ]
(後半、通訳(翻訳)関係の話題で最近ちょっと不愉快なことがありました。
mixi がらみですが、ミク友さんともリアルの友人・知人や仕事関係とも無関係です。
それでブログか、会員制でさらに限定公開の mixi かどちらに載せようか
迷ったのですが、長さの関係で・笑・ブログに載せます)

会場は都内のある大学。
メトロの出口を出たところ、キャンパスの塀の外側に
掲示板と学内地図。
会場の場所を確認しようとしたら、「スイマセ~ン」
とんでもない上からニホンゴが降ってきた。
「コレは・・・」映像作家のポスターを指す。「ドコデアリマスカ?」
「私も行くんです」
え~と、だから今探しt・・・
わらわらと駆け寄ってくる足音。
「この人も行くんだってー」と、英語。
留学生なのだろう。若いヨーロッパ人の男女3人。
みんなひどく背が高く、後になり先になりして走っていくのだが、
彼〈女〉らどうしは不思議な言葉を話している。
私の知っている言葉たちにわずかながら似ているのだけれど、
まったく聞きなれない言葉だ。
ためしに私の使えるもうひとつの言葉を口走ってみたが、反応は薄い。
ただ長蛇のしっぽにつかまって待っている最中、
ヴェンダース夫妻を見かけて大はしゃぎし、1人は周りをうろうろしてみている。
そんな様子が微笑ましかった。
シンプルだけれどセンスのいいファッションで、言動も無邪気でいて慎ましかった。

天井桟敷に押しこめられ、開始前から消耗してくる。
ふと振り返ったら知人と眼が合った。
何年ぶりだろう。
・・・ていうか、スタッフか招待席にいると、だから今日は会えないと思ってました。
兄弟子のパートナーで、私にとっては昔のランチ・メィト、というより
映画研究・評論の仕事をしているおしゃれな才女。
講演会の告知には英語通訳者として別の名前があり、
表に出ないことは知ってましたが。
「ん~、通りすがりに来てみたのよ」すぐ近所に住んでいる。
「てか、さっき別の仕事の打ち合わせしてたら、これからやるよ~とか言うから」

「ねーねー、映画と講演とどっちが先?」
ごめん、プリント・アウトしたインフォメーション、席の書類鞄の中にある。
「映画先ってことないわよねー、20分も見せられるのぉ?」
さすがプロ。私はまったく聞いたことないタイトルなのに。
「話すぐ終わるかなー、巨匠だもんそのへんはねー」
オネエサマ、ヴェンダース作品を見ただけでも、彼の話がどれくらい短くすむか
想像つきませんか?(笑
「そういえばね、表参道でサインと握手もらってきた♪」
10年以上前、たぶん六本木のミニ・シアターでヴェンダースに会ったと
はしゃいでいたのは彼女だ。
(「『ヴェンダース退屈だよねー』とか言ってたのに、エレヴェータで乗りあわせたら
 握手せがんじゃったー♪」と・笑)
「写真展でも10分くらいの上映してたけど、なんだけっきょく
『東京物語』も『東京画』も、ずるずる引きずったまんま尾道まで来たのねー
って感じ」
「引きずるでしょー」
「まだ探してたんですか、あの面影・・・って」
「あはは、もう30年もそんなことやってんじゃない?あの人」
彼女と個人的なコンタクトはないけれど、この話は彼女にしたいと思っていた。
偶然でも会えてよかった。ありがとう。

さて、英語による講演で、逐次通訳つき。
通訳の現場を「見学」したくて、主に一般公開されているこういう場を
たまにのぞいて歩いているのも、今日来た1つの大きな理由。
・・・と、いきなりやりました。
みごとなフライング。
演者がまだ話していないことを、通訳者が先に通訳してしまったのだ。
いかにもあらかじめ訳した原稿を読み上げているようなので、
いつかはあると思っていた。
そのうち、"story" を「物語」と訳していることに引っかかる。
これは個人的なこだわりで、ちょうど実家に置いてあるはずの蓮實重彦の
「物語」論や、学生時代悩まされた18-19世紀ヨーロッパの小説理論の
ことを考えていたせいなのだが。
ヴェンダース自身があとから「"story" は日本語で言えば "monogatari" ですね」と
言っていたけれど、ずぶの素人でもない日本語の通訳者はもうちょっと考えたほうが
(事前にきっちり日本語訳用意してきてるんだし)いいのじゃないか・・・と。

巨匠の話は長い。
時間を見て話をところどころ端折っているようだが、それにしても。
通訳者がどんどんエグゾーストしてくるのがわかる。
サポートまで時々あたふたしてるのが、2階席の後ろからでも見えますがな。
2時間(以上)もの時間を1人の通訳者にぶっ通しでやらせるのは、
ちょっと負担が大きすぎるのではないかと思った。
演者が講演の草稿を通訳者に渡してからさらに手直しするのはよくあることで、
ヴェンダースも昨日ずいぶん書き加えたという。
渡された草稿と実際に行われている講演の内容を眼と耳と頭で比較しながら
通訳していくことは、たしかにものすごく(原稿があるだけにかえって)
大変な作業。
でも、だいじなキー・ワードや発言を訳しおとすことが増えてきたのも、
この通訳者だけの責任ではない。

講演が終わり、時間はとうにオーヴァーしていたが質疑応答。
最初にパネリストと称して壇上に上がったどこぞの教授(寡聞にして存じあげず)がぶっ飛びもの。
30年前、パリ留学中の自分の「ヴェンダース体験」について滔々と・・・
・・・もといぼそぼそと語る。
これがこの人のスタイルかもしれないのだが、ちょっと TPO が違う気がする。
と、なにか「スイッチ」が入ったのか、フランス語で直接ヴェンダースに質問をぶつける。
や、ヴェンダースには先ほどの通訳者が、同時で通訳をしてますよ。
てか、どんな質問だったんですか?
通訳者に促されて、質問者自身が日本語でもう1度繰り返す。
これが2,3度と続いた。
最初は通訳者の負担を軽くしようとする気遣いかとも思ったが、
会場は明らかにヒイている。
というよりヴェンダースは同時通訳で話にきちんとキャッチ・アップしており、
日本人の聴衆もヴェンダースの英語をそれなりに理解している。
たとえ質問者が自分で「逐次通訳」しているとしても、
同じ質問がフランス語と日本語で繰り返されるのは時間の浪費以外の
何ものでもない。
まして日本語で言ったのと同じ内容をフランス語でヴェンダースに質問するのは、
通訳者の職域侵犯でもある。
なんだけっきょくこのプロフェッサー、自己満足と自己顕示のためにフランス語
しゃべってるんだ、と思ったら馬鹿馬鹿しくて、ドイツで買ったイタリア革の
ローファーを投げつけてやりたくなった(ヲイ
朝から昼から夜もぶっ通し、時にはアルコール入りで語り明かすような
「魔の山」シンポみたいな状況なら、こういうスタンド・プレィヤーも
たまには楽しくていいのだが。
2006-05-13 [ Sat ]
一般には「母国語」と訳されるが、
neutral かつある意味 political correctly には
「母語」という。
人種と国籍、そして居住地域の主要言語が必ずしも一致しない場合
(身近な例では在日2世以降の中国人や韓国・朝鮮人)
「母『国』語」という表現は政治的公正さ以前に
現実に即しているとはいえない。

一般に「母語」の定義・入門編はこんなところ。
ただし、アイルランド人のノーベル賞作家のことを調べながら、
それだけでは話が先に進まないような気がしていた。

通訳コースで講師が「ボゴ」と言ったら、
新しく入った仲間の1人が同じテーブルの私たちに訊きかえした。
先生はすぐに気づいて、上記説明をかいつまんでする。
「ただし『母語』とは何かというのも、なかなか厄介な問題で・・・」
それ。センセイ、そこなんですそこ。

先生がすかさず開いたのは自分の論文の抜刷。
そこから、トップ通訳の登録言語とランクを記述した部分を
いくつか紹介。
 A言語:母語あるいは母語と同等に完璧にマスターした言語
     active(この言語から他の言語、他の言語からこの言語への通訳が可能)
 B言語:Aほどではないがそれに準ずるレヴェルにマスターした言語
     active
 C言語:passive(この言語からAまたはB言語への通訳が可能)

しかし先生が言いたかったのは、「完璧にマスター」とはどのレヴェルかということ。
文字どおり「お母さんから習った」というだけでは、とうてい職業として
言葉の使い手にはなれない。
その意味で定義するとすれば、「家庭および学校教育をうけた言語
mutter- und bildungssprache」とでも言うべきではないか、との議論もあるという。
「いえ、就学を待ってからでは遅いんです」とツッコミたかったが、
これ以上脱線させるのは遠慮して黙っていた。
授業の後半では、某大統領隣国訪問の際の、大統領主催晩餐会のスピーチを
やるんです。
現場ではあるいは、通訳など必要なかったかも知れないのだが(笑

ちなみにC言語とはいっても、普通の「一応できます」レヴェルとは雲泥の差。
登録していない言語でも、現地に旅行・滞在したり、人との会話や読み書きは
流暢にできるのは当然。
一度ゲストで来たことのあるトップ通訳であり、通訳科教授(ユダヤ系フランス人)は
登録言語(ヨーロッパ言語)の他に、インドネシア語や中国語の心得もあるという
     <この話は本人も触れていた

帰り、ちょっと洒落たカフェ風に改装されたファストフード店へ。
いっそうきれいになったのはいいが、ヨーロッパのカフェのような
いわゆる高級紙やちょっとハイブラウな雑誌の閲覧ラックがなくなっていてショック。
で(って、をい)いただいた抜刷を出して、油のかたまり(笑)が運ばれてくる前にと
読みはじめる。
いきなりノック・アウトされました。
センセ、これ大学の紀要に発表した論文ですか?
この導入、詩的すぎます(笑

通訳者は必ずしも翻訳者とは限らない(実際は兼ねている例も多いが)ので、
少なくとも通訳の場では、書き言葉としての言語能力は要求されない。
これは以前、先生と私とで意見が一致したところ(エヘン <馬鹿
デモンストレーションで、先生の簡潔でいて緻密、しかも耳から聞いて
すんなり理解できる通訳アウトプットの美しさにはいつもため息をついていたのだが・・・
センセ、まだ裏、もとい奥があったんですね(笑

しかし一転、本論に入ると、通訳デモのときに通じる文体に切り換わる。
「トップ通訳の登録言語」うんぬんのくだりは読み流す。
昨学期の終わり、ジュネーヴ大学の通訳科教授が「通訳の守秘義務について」
と題する学生向け講演で、主に2大戦期~冷戦時代~冷戦終結以降の
とりわけいわゆる東欧をはじめとする(旧)共産主義国の通訳たちの例を挙げた
部分のテープを聞かされたとき、私たちはシャドゥイングもメモとりも
しばしば忘れて、スパイ小説ばりのエピソードに聞き入ってしまったもの(笑
戦争がらみではないが、やはり守秘義務や、マイノリティの人権をめぐる
駆引きや丁々発止に話が及ぶと、いけません、ドキドキしてきました(笑
抑制のきいた穏やかな文体で実はかなりのことを書いているのは、
ふだんの話し言葉の操り方と同じだ。

ここで油とソースのかたまりが到着。
汚したくなかったのもあるし、抜刷に折り目をつけたくなかったので、鞄にしまった。
たしかこの先生、日本の大学時代の研究テーマは言語哲学、
最近でもその分野の業績はあるらしいのをウェブ・サイトで見た。

ところでその日の授業、最初は日本語のシャドゥイングから始まった。
「やってみなはれ」・・・ぇ゜、プロXですか(笑
そうではなくて、まず聞き手は鈴木健二アナだし、
佐治敬三のインタヴューに映像やナレーションをつけたものの音声部分らしい。
松下幸之助の時もそうだったけれど、こういう一流の企業家はんゆうのは
話が上手でいらはるんですわ。
しかも佐治はんも松下はんも関西弁喋らはるしな、
本番ではようせんけど練習やさかい全員1人で聞き手と話し手の両方せなあかん。
今ぁどっちがしゃべっとんのかちゃんと区別せなあかんから、
江戸っ子のあたしもな、鈴木はんのコテコテえぬえちけい風共通語と
佐治はんの関西弁と、下手でもしゃべり分けるんですわ。
まぁそらまぁなんとかこなすとしてもですな。
問題は通訳のときなんですわ。
ばいりっしゅでなきゃゆうこたあらんけど、
生き生きとした言葉に訳すのがこら難儀でしてなぁ。
みんな面白がって、いっくらふだんどおりにちゃんと通訳できても
きれいすぎておもろない言い方だとばんばんダメ出ししくさる。
センセもわろて見てはんのや。声出して笑いはるんやわ。
(なんちゃって関西弁ギヴ・アップ・爆)

先生は神戸出身。
共通語を話しても柔らかい抑揚やアクセントは、
家庭では共通語を厳しく躾けられた、やはり神戸っ子の亡き恩師を思い出させる。
ただ関西弁を話しはじめると、急に眼が輝いて、表情が生き生きしてくるのが
面白い。
これが先生の「母語」なのだ。
(関西人の仲間の1人に言わせると「先生の関西弁はきれいすぎる」、
男性より女性の関西弁に近いそうだ・・・ダッテソレガ、母語?・笑)
通訳の現場で話者の特定の訛が強かったりして、これは日本語も共通語にしては
話が生き生きしない、というような時、
「そのときは僕の関西弁の出番なんです」と眼をくりくりさせて言った。
教室じゅうが沸いた。

(april 2006)
2006-04-20 [ Thu ]

最近ずっと気になっていた、ハナミズキと同科の木の名前と、
http://www.asahi-net.or.jp/~db3t-kjmt/kigi/sansyuyu.htm
http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/cornaceae/sansyu/sansyu.htm
白が美しい桜の品種はやっと確認。
ハナミズキと同科のサンシュユ(山茱萸)は、もう花は終わったようだ。
ガクはきれいだけれど・・・あとは秋の実が楽しみ。
八重と枝垂れのいろんな種類は満開で、そろそろ染井吉野のガクといっしょに
降りはじめた。
今日お昼すぎまで吹き荒れていた大風、さぞかし狂おしい花の嵐だったろう。
で、白い大島桜が満開。まだしばらく楽しめるだろう。
2006-04-15 [ Sat ]
いつどこで買ったか思い出せないのだけれど、
台所に転がっていたボックスボイテルのボトル。
\1,680,- という値札は、通常価格の半額。
(ふつうはどんなに安売りでも、\3,000,- はぜったいに下らない)
その値段と、「甘口」とボールペンで手書きしたシールに惹かれたのだろうが、
「甘口のフランケンなんて・・・」と思い、ずっと転がしておいたもの。
(産年は1993・爆)

いつまでそうしておいてもしかたないので、ゆうべ開けてみた。
コルクはちょっと古くなっていて、割れたりコルク抜きに食いこんだりしてしまう。
ミュラー=トゥルガウのシュペートレーゼ。
・・・甘すぎる・・・
これはフランケンではない。
ぶつぶつ言いながら飲んでいたが、
そのうちこれはこれでいいかもと思いはじめた。
澄んだ薄黄色はいかにも春らしく、
ほんとの安物の外れワインよりは雑味がなく香りがいい。
     <そんなのと比べるなって?(笑
     <これはとりあえず銀メダルものなんだから(笑

知人が yellowtail を買って開けてみたら、
赤を買ったつもりだったのに白だったという。
酒屋さんも絶対的自信をもって「赤です!」と言いきったのだと。
私もお店で見たことがあるけれど、エチケットを一瞥して
特にアピールしてくるものがなかったので手をのばさなかった。
その話を聞いてもう1度見に行ってみた。
・・・ゃ、それ、あっちゃいけないことだわよ。
種類は3つ。
首のところのラインが赤いのが1つ、黄色いのが2つ。
その下に---ぶどうの種類が書いてある。
 赤:cavernet-sauvignon
 黄1:shiraz
 黄2:chardonnay
(サイトを見たら、あと赤ラインで merlot がある)
知人は私よりさらにワインに疎いようなのでしかたないが、
詳しい人やプロが見れば赤2つと黄1は赤ワイン用、黄2は白ワイン用の品種だ。
それに黄1は遮光ボトル、黄2はそれよりやや透明なボトルに入っている。

で、我が家のフランケン。
そんじょそこらの酒屋にフランケンは置いてないし、
たぶんそれなりの店で買ったことは確か。
店ではミュラー=トゥルガウ種の
(1-2度だけみんなで開けたことがあるが
個人的には勘弁願いたい、かのマドンナのリープフラウミルヒもこの品種)
フランケンということで、1本開けてみたのかも知れない。
で、間違って買うお客がいないように「甘口」とシールを貼ったのだろう。

う~ん、やっぱりプロってそういうもんよね。
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2006-04-09 [ Sun ]
先日、同業の後輩の自宅を訪ねた。
いかにも「永遠のいとはん」らしく、
シンプルながら可愛らしいインテリア・センスだったが、
洗面所を借りて激しく共感。
こんなところにまで、本や雑誌が並べられているのだ。

「ありとあらゆる段差部分にはこゆもの置いちゃうのよね」と言ったら
同感の笑い。

ヨーロッパ人の親友宅は、台所の食器棚にも
地下室の収納スペースにも、本やファイルが大増殖してました/ますけどね(爆

で、古い古いログの再掲。
改めて読みなおしたら、常連さんたちとのコメントの応酬も
同病相憫笑しまくりなので、一緒に載せます・・・

***
「インテリア」
2000/09/23(Sat) 02:08:29

私ね、インテリア雑誌見るのがとっても好きなの。あー自分の住んでるのとおんなじスペースで、こんなに快適に暮らせるものなんだなぁって。で、夜中に突然模様がえ始めたり。
でも、ある時気がついたのよ---雑誌のグラビアには、本がない!
そりゃぁね、「インテリア」程度には写ってるわよ。4-5冊くらい。
でも私の部屋みたいに、本棚からは葡萄か林檎のようにたわわに実り,床からは茸か筍みたいににょきにょき生えてるのなんか、どっこにもないの!

ある編集者の友人の言葉.
〔「類は友を呼ぶ」のか、マスコミ関係やもの書き,本の虫の知人友人は、少なくない.彼女のこの述懐を聞いて、そんなのばかり集まっていた女友達連中は、嬉しくてわっと湧いた.
SOHOばかりを集めた、英語の写真集を持っている.自分の部屋もそんなふうに仕立てたかったのだが、アメリカの、土地も資金も豊かに持っている写真集のモデルたちに比べ、東京の賃貸では、参考にするにも限界をみるのは早かった〕

--
m> ある時期から、本やCDを処分できなくなった。昨今ブームの「捨てる!技術」を逆でいく、わけではないが。
たまに「発作」を起こすときは別として、昔ほどやたらに買いこまなくなった代わり、「ハズレ」が減ったのである。今あるのは、どれも「手放すわけにはいかない」「手放したくない」ものが、ほとんど。
「それはあなたが自分をよく知って,自分を大切に生きてるからだ」と、ある友人が言った。
あながち、外れていないかも知れない。この友人も含め、「手放したくない」人間関係も、並行して増えてきたから。量より、質が。
それでも、やはり「身辺整理」の必要には時々かられる。とりあえず今は、本を50冊処分するのが目標。 (2000/10/19(Thu) 17:35:13)

--
ta> 引っ越しが多いと、その時にたいして必要のない家財道具は「かれこれどのくらい使用していない」という目安で捨てられるが、本やCDは分別判断しなくては成らない。最近読んでいないからいらないというものではないから。かくして取りあえずすべて梱包、引っ越しの度に持ち歩 (2000/10/20(Fri) 20:09:42)

--
m> そぉ、本やCDじたいが増えるだけでなく、他の家財道具に対して、本やCDの占める割合が増大するって面も、ありますね。
ちなみに他の生活用品は、「捨てる」というより「買わない」モードで、とっくに安定しております。(2000/10/23(Mon) 09:34:26)

--
to> 本もさる事ながら、毎月送られてくる学会誌の始末に手を焼いております。複数の学会に所属していると増殖のスピードたるや、そりゃもう恐ろしいものがあります。かといって捨てるに捨てられません。時々「そういえばこの話どっかで読んだな...」という事もあり、すぐに調 (2000/10/23(Mon) 22:57:08)

--
m> 雑誌類---あれも、困ったサンですよね。
本もさる事ながら雑誌もさる事ながら、まさしく今現在手を焼いているのが、原稿の下書き。「そういえばこの話、前のヴァージョンで書いたな...」ということもあり、最終脱稿まで1ページたりと捨てられません。何版もの原稿が、部屋に堆く------脱稿後、これをまとめて処分するのが、いっちばんの解放感なのですけどね。嗚呼、それまでまだ前途遼遠...... (2000/10/24(Tue) 07:09:49)

--
m> ひとまず、資料をちょっとだけ片づけた。
澁澤龍彦の蔵書は、2万数千冊だそうな。私ごときが文句を言っては、いけませんね。 (2000/11/24(Fri) 03:51:59)

--
m> この間10冊売却したが...... (6/7-17:09)

--
m> 時々「蔵書をすべて燃やす」という妄想に駆られる。
幸い妄想にすぎないばかりか、借りものの発想なので害はないが。
エリアス・カネッティの『眩暈』だったか?---アレクサンドリア図書館炎上の話。 (6/14-19:11)

--
m> 久しぶりに会った同僚との最初の会話は、夏休みの報告。
ふと言葉を切った私に、彼はニヤリと笑って「で...部屋が倉庫状態なんだ?」
その後激しく追い討ちをかける彼に私が終始笑顔で接したのは、
それはとりもなおさず、「僕の部屋とおんなじ」という行間を読みとったからに他ならない。
というより私に追い討ちをかけつつ、彼自身が自分の部屋の状態を愚痴っているのである。 (10/7-18:46)
***

ふぅ~。
で、最終書込からたぶん4年半ほど経過した現在、
本は30冊ぐらいは処分したかも知れないけれど、
それ以上に増えた分が新たな頭痛の種になっております(嘆
2006-03-28 [ Tue ]
お洒落といわれるこの街で最初の匂いの記憶のひとつに
焼鳥の煙があった。
駅前のある店先で、焼いて売っていたのだ。
いつかその街に住むようになり、
その角の通りを毎日行き来するようになって初めて、
そこは深夜まで営業している食料品スーパーなのだと知った。

あれはロシア語で、何といったのだか。
精肉部、鮮魚部、・・・とそれぞれ別の店が入り、
日本語の「スーパーマーケット」というよりは、
中の雰囲気は共産圏の国営デパートだの国営市場に似ていた。
狭くて天井が低く、ミネラル・ウォーターを買っても
出てくると全身に焼鳥や揚げものの匂いがしみついていたが、
帰りが夜遅くなって翌日のお弁当の材料を買い足したいときや
雨や寒い日、バスを待っている間に(バス停の前にあったので)
避難するのには便利だった。
東欧を思い出したのは店員さんたちの商売っ気のなさも手伝っていたが
愛想はなくても親切なのは、むしろ民主化後の印象に似ていた。

初めて見たときからいかにもうらぶれた一角だったが、
あるとき不意に精肉部が撤退した。
店先に「鮮魚部は奥で通常営業しています」と貼紙が出た。
それからいわゆる「スーパー部」もなくなった。
他の店が開いている時間にはあえてそこで買物しないので、
私はそれを全面ガラス張りごしに眺めつづけた。
さすがに暇をかこちすぎたのか空きスペースの有効利用と思ったか、
店の前のほうにテーブルを出して魚を煮たり揚げたりしたお惣菜を並べたり、
車の往来を邪魔しない路地側にベニヤ板を伸べて青物を並べるようになった。
しかし相変わらず、売る気があるのかないのかというオーラが
人からも品物からも立ち上っていて、その「プチ出張販売」も
わずか数回でたち消えになったようだ。

そんな成行きをただ傍観していた私は、
売れゆきの悪い生鮮食料品に手を出す気になれなかったというより、
まさしく崩壊してゆく共産主義社会を呆然と見つづける旅行者の気分だったろう。
民主化直後に滞在したモラヴィアの古都で
旧国営デパートの2階のフォワイエから俯瞰で構図を決めかねていたら、
背後でカキンカキン!と重たい金属音が響いた。
振りかえると痩せて背の高い職人が、もう1度鑿と鎚をカキンカキン叩き鳴らして
ボディ・ビルダーのようにポーズをとり、
身ぶりで「俺を撮れ」とアピールしてきた。
日焼けと汗と埃で真っ黒な顔をし、作業着はぼろぼろだったが、
にこりともしない挙措動作に不思議な愛嬌があった。
土地の言葉でお礼を言うと、なんのなんのというように背中越しに手を振った。
目の前に不安や困難はあっても自由を手にして、
この国営デパートも新しい商業スペースに生まれ変わらせるのだ、
自分たちの社会をこの手で築いていくのだという
張りつめた期待が、再開発だらけの街じゅうに、
蒸して押さえつける暑気や埃にも負けずに、人間の踵や背骨を支えていた。
それと同じ空気、というより覇気は、ここには求めるべくもないようだ。

店先に並べられた野菜と、その横で所在なさげに一服する、なぜか肉屋のおやじさんを
私は撮った。
魚のお惣菜も撮りたかったが機会がないうちに鮮魚部もなくなってしまったので、
ちょうどテーブルが並べられていたあたりの柱と洗面台を。
クロス張りの剥がれかけた柱と、外れかけて傾いた家庭用洗面台と液体石鹸のディスポーザが
ついこないだまではそれでも生きていた、昭和の名残をふんぷんと放っていた。
いやその時にはすでに青果部も撤退して、
新しく槌音の響くことのない空間はうち捨てられて静まりかえっていた。
2006-03-21 [ Tue ]
待ち合わせにほんのちょっと早かったようなので、
風を避けてコンビニに入る。
雑誌コーナーに足が向いたのは
ファッション誌の春らしい表紙に惹かれたのと、
外から見える場所にいようという無意識のため。
何を手にとるでもなくぼんやり立っていたら、
年配の女店員さんの甲高い声が耳に飛びこんできた。
駅までの道順を説明している。
といっても、ただここからまっすぐ。
それがうまく通じないらしく、何度も繰りかえしている。
しかも目的地は駅ではないらしい。
「本屋」という言葉が出てくる。
たしかに駅前に本屋がある。

聞くつもりもなかったが、単純な内容が繰りかえされるので
話が見えてきた。
相手は地図を探しているらしい。
しかしこの店にはないので、駅まで行って駅前の本屋で買えばいい。
その途中にも何軒かコンビニがあるから、
ひょっとして地図をおいているところがあるかもしれない。
私も地図を探してコンビニに入ることがある。
視線を走らせたが、なるほどこの店には地図をおいてない。

「ドウモアリガトウゴザイマシタ」
尋ねていた人の声は小さかったが、最後の礼儀正しい言葉と
アクセントにはっとして、そちらへ振りなおった。
欧米系と中東系の若者。
小柄で線が細く、まだ物慣れない顔をしている。
4月からここの大学へ通い---あるいはそのうえこの街に住むのだろう。
「シツレイシマス」
こみいった話をいっぺんに理解するのはまだまだでも、
一生懸命勉強したのであろう端正な日本語と
よくわからなくても日本語で通そうとするひたむきさが初々しかった。

この町の若い見習い美容師さんのところには
カット・モデルと称して中国系の女子学生が代わるがわるやってきては
香港や上海や、台湾のファッション&ビューティ事情を
語りこぼしてゆくらしい。

「学生街」とは昔も今も
「よそ者に優しい町」の謂いである。
2006-03-08 [ Wed ]
われは思ふ
末世の邪宗
切支丹でうすの魔法
黒船の切支丹を
紅毛の不可思議國を
色赤きびいどろを
匂鋭き
あんじやべいいる
南蠻の棧留縞を
ぱた阿刺吉
珍酡の酒を

(白秋「邪宗門秘曲」 明治42年)

マジシャン仲間がゆるやかなネットワークで開いた店の1軒を訪ねる。
馴染んだ別の店と同じ、乾いてくつろいだ空気。
ただインテリアはヒンドゥの神像やロシア・イコンではなく
アンティークのカメラやミシン、
やはりアンティークの・・・というより音が流れてこなければ
壊れているのだと思いそうなスピーカから流れるのは
クラシックではなく、ジャズやロックのナンバー。

70年代風のカジュアル・アイヴィに
すっかり霜におおわれた髪とプーマの革スニーカだけが
今は21世紀なのだと確認させてくれるマスターがたてるコーヒー。

うまく灯りの下に席を得たのと
店ががら空きで空気がきれいなので編みものをしていた手を、
ふと流れてきたバラッドが止める。

一緒に口ずさむ。
高校生バンドでコピーした中にはなかった曲。
だから歌詞をきちんと覚えたわけではない。
それでもいつどこで初めて聴いたのか、ひどく懐かしい。
鼻歌ならついて歌える。

隣のテーブルで煙草を吸いながら文庫本を読んでいたマスターに尋ねる。
手料理の隠し味を尋ねられた人のように思い出す眼で耳をそばだて、
"stairway to heaven" とだけ答える。
「あぁ、『天国への階段』!」
目顔で頷きあって、またそれぞれ自分の手もとに視線を落とす。

インテリアや音楽の趣味は、そう
実家の近くで秘密の隠れ家にしていた喫茶店に似ている。

すっかり寛いで店を出ると
澄んだ空に蛾眉の月が目映かった。

stairway to heaven (lyric & midi)
2006-03-01 [ Wed ]
私が中高6年間を過ごしたプロテスタントの女子校は
自由闊達な校風が有名---といえば聞こえはいいが、
破りたくても破ってもちっとも楽しくない
当たり前すぎる校則を3つだけ与えられ、
「あなたたちには聖書がある。
あとは自分で考えなさい」などと突き放され、
かえって生意気盛りの10代の反抗心をそがれて育った気がしなくもない。

それでも不文律のタブーというものはやはりあって、
元号を一切使わない
(年代によってブレはあったようだが、おかげで私は
元号で年数計算するのが今でも苦手だ・笑)とか
日の丸・君が代なしとか・・・・・・
なかでも子供心にいちばん不可解なタブーは、
「黒いストッキング」だった。

60年代末の学園紛争で制服は廃止されたが
標準服としてセーラー服があり、式の日や
通学用の私服を考えるのがめんどうな時には便利ではあった。
靴下はソックスかストッキング。
しかし、ストッキングの「黒」は学校で認められていなかったのである。

学校でストッキングを破ってしまい、購買部に買いに行くとする。
ストッキングの箱をのぞいて「黒は・・・」などと言おうものなら
購買のおばさんが眼鏡の奥から上目遣いににらむ。
「先生から説明があったと思いますが、
この学校では黒いストッキングを認めてないんですよ。
ここにあるベージュか紺、それしかありません」

そういえば聞いた気がしなくもないけれど、
つまらないしよくわからない話で、ぜんぜん覚えていない。
「きちんと説明されていない、納得できないものに従えない」のは、
校風が骨の髄まですでに沁みこんでいる証拠だ <居直り
でもないものはしかたないので、そのつどどちらかの色を選ぶ。

まぁ「認めていない」と「禁止している」はとうぜん違い、
外で買った黒いストッキングをはいて登校しても、
別に何も言われない。
卒業生も少なくない教師の誰一人として、
生徒のストッキングの色をいちいちチェックするなど
まったく興味をもたなかったのだ。
だから黒いストッキングは、教師への反抗、
不文律に対する抗議のシンボルにもなれなかった(笑

卒業後ずっと経ってから、初代院長矢嶋楫子の評伝を読む。
遅ればせながら「タブー」の意味を理解する。
社会運動家を多く輩出した、まさしくその先陣を切った楫子は
多岐にわたる功績のひとつとして「公娼廃止」運動を率いた。
そういえば教師や購買のおばさんが言っていた
「ストリート・ガール」とは、コノコトダッタノカ。
新宿や原宿闊歩してるティーン・エィジャーじゃなくって(爆
「黒いストッキングはストリート・ガールのはくものだから
楫子というカリスマ院長をいただくこの学校では認めない」
そういう意味だったのか。

もちろん(コラ)私は黒いストッキングで平然と通っていたし、
そんな日は学校で補充できないのを知っているから
ストッキングを傷つけないように慎重にふるまった(笑
高校を卒業してからは黒いストッキングはもちろん、
真っ赤なルージュやネィルも覚えたけれど、
幸か不幸か私を「ストリート・ガール」と見る人は
どうやら皆無のようだ <それはそれで自爆もの
2006-02-27 [ Mon ]
こないだの『アクターズ・スタジオ・インタヴュー』では
ジュリエット・ビノシュが答えてました・・・

1.好きな言葉
その人となりが感じられる、心のこもった言葉
「ありがとう」

2.嫌いな言葉
人を裁いたり斬り捨てる言葉
「ありがとう」「ごめんなさい」を言うべきときの「すみません」

3.ときめく言葉
「1等当選おめでとうございます。
副賞は高度1万mからのバンジー・ジャンプか
ロシアン・ルーレットを選べますが、どちらにしますか?」

4.めいる言葉
すぐに思いつかなくっていっしょけんめ思い出そうとしたら
それでも思い出せなくて気が滅入ってきたので無回答(爆

5.好きな音
教会の鐘

6.嫌いな音
電子音、単調な機械音
嬉しくない用件のときの電話は、ベルの鳴り方でわかる(ホント
足音や、チャイムやノックの音とかでも。

7.好きな悪態
「すっとこどっこい!」「極楽トンボ!」

8.他に就きたかった職業
10年前にも聞かれたときと同じかも・・・彫刻家
(きっと生まれ変わらないと無理だと思うので)

9.他に就きたくなかった職業
政治家
(政治家という職業も、私に就いてほしくないだろう・笑)

10.天国に行ったら神様になんと言うか
「ただいま」

↑なわけで、深夜 TV がネタもとなのでもともとバトンではありませんが
よろしかったら皆さんもやってみてください。
2006-02-25 [ Sat ]
神は優しさの深淵にほかならず、眼を閉じ、両手を開いてそのなかに
落ちてゆけばよい。すべてを損うのは、まさにその反対のことをおこなう
場合である。すなわち、眼を開き、神でないなにかつかまれるものに
すがりつこうと、両手をこわばらせることである。(G.T.)

そういえば、「人が死ぬために来る」都会で手を顔に当てている人が、
その手をはずしたら顔には眼も鼻もなかった---という光景を描いた
「『手』の詩人」も書いている。
人間は昔、天を仰いで両手を広げ、胸を開いて神に祈っていたのだと。
それがいつしか頭を垂れて手を組み、胸を何かから庇うようにしてしか
祈らなくなってしまったのだと。

クラクフの司祭K.J.W.は1970年代末ペテロの座に推されたとき、祭壇の前に
両手を広げて伏し、ひと晩じゅう祈り続けたという。それは「十字架のキリストと
同じ姿」というだけでなく、絶対存在の前に全身全霊を投げ出した、
信頼の身ぶりではなかったか。
(大地が天に通じるという世界観が元来キリスト教的でないとは、
どうか突っこまないでくださいまし・笑)
K.J.W.---つまりJ.P.Ⅱをまぢかでも見たことがある某知人は、「彼は
やはり自分たち西ヨーロッパ人とは違う、精神的にもスラヴ民族だ」と評した。
いわく「あんなに大地に跪いたり接吻する教皇を、今まで見たことがない」
「手」の詩人の大きな宗教的転機となったのも、ロシア滞在---ロシアの大地の
体験であった。
老婆を殺めた青年に、接吻によって贖罪をもたらしたロシアの大地の。
2006-01-24 [ Tue ]


『ベルリン、僕らの革命』(原題 "The Educators")を観る。
何も考えず、ただ楽しみたかったのだが、
途中からどうしても「水」のモティーフが気になりはじめる。

「水」は乏しすぎる20世紀ロシア文学の知識によれば「革命」、
それも生を解放する、真の意味での革命の象徴。
ハリウッド風メロドラマになってしまった映画版『ドクトル・ジヴァゴ』のラスト、
ジヴァゴとラーラの娘がダム建設労働者となり、
「生あるもの〔ジヴァゴ〕」の奔流がコンクリートに固められたダムに
姿を変えた光景は象徴的だ。

反グローバリゼーション運動に参加するユールは
往年の青年革命家、「68年世代」の実業家ハルデンベルクに向かって
「今はヨットに乗る暇もないのね」とシニカルに言い放つ。
そう・・・ハルデンベルクの豪邸は
湖に向かって開かれているのに。
そんな彼の家に「犯行/反抗」に押し入った彼女は「仕上げに」と、
居間のソファを地下プールに放りこむ。

ヤンとユールを近づけ、結びつけていくのも「水」だ。
ペーターの親友と恋人である2人はハルデンベルク家のプールで初めて唇を合わせ、
アルプスの小川で水遊びをしながら最後の一線を越える。
その過程を見守っているのが、ユールのおじの山荘の眼下に見える
アルプスの湖である。

自宅に戻ったハルデンベルクは、いつの間にか「救出」されたソファに身を投げて
今後の対応に考えをめぐらす。
ヤンとペーター、ユールはヤンの発案どおり
地中海岸の目的地を目ざす。

しかし
40年の間に体制側のトップに上りつめたハルデンベルクを
ただの裏切り者のオポチュニストと決めつけるのは、単純すぎるだろう。
事業にかまけてヨット遊びをしなくなった彼も、別の見方をすれば
邸の地下に---心の底にプールという形ながら、
ずっと水を湛えつづけているのだ。
囚われの身にあっても洗濯ものを手洗いしながら、
湖を見下ろしながら、彼はヤンやペーターに
自分たちの「革命」が挫折してからの来し方や
今後第一線を退いてからの行く末を語る。
それは単に、息子娘より齢の離れた若者に対する
懐柔策だけではないはずだ。
ユールに手書きの示談書を渡して去っていくハルデンベルクの遠景には
邸の後ろに湖がのぞいている。
だからか、再びスーツに身を包んで実業家に戻ったはずの彼の顔には
それまでになかったほどの様々にいり組んだ表情が浮かんでいる。
もちろんいちばん上の表皮は、老獪な「日和った俗物」の顔には違いないのだけれど。

8年ぶりの大雪の翌日、
東京にはふたたび木枯らしが吹きわたった。
熱い湯に何度も身を潜らせ、洗い髪をタオルに包んで
この文章を書いた。
2005-11-07 [ Mon ]
「このみ」は親戚の女の子。
母の従妹の子---をなんというのかわからないけれど、
年齢差でいえばまぁ
若い叔母と姪、ぐらいの年回りだろう。

美人顔ではない。
だが某挿絵画家(名前失念)の描く幼女のように
色白のまんまる顔で頬がふっくらして、
長姉(このみは3人姉妹の末っ子)の勉強をみている間に
両手両足で(笑)私にしがみついてくる手は
柔らかくてすべすべして、
ほんとうに可愛い子だった。
幼稚園や小学校で男の子を泣かせてきたり
(broken-heart で、ではない・笑)
一輪車を得意顔で乗りまわしたり、実はとんだガキ大将なのも、
親戚の「おねえさん」からすれば可愛いと笑ってすむ。

運動神経だけでなく頭の働きも鋭い。
このへんのエピソードは数えきれない。
まんまと鼻を明かされて、内心「このクソガキ!」(あらお下品)と
叫びたくなったこともある。

あるとき大人たちでお茶を喫んでいたら、
このみが母親にすり寄ってきて囁いた。
「あのね、生協から箱がきたんだけど
卵にひびが入ってたの。
で、悪くなるといけないから、すぐに卵焼にして食べたの。
2個焼いたの」
オトナ、大爆笑。
このみはまたお腹が空いたらしく(夕食もすんだのに)、
冷蔵庫から勝手に卵を出して焼いている。
殻を割る手つき、カラザをとる箸さばき、堂に入っている(笑
     <まだ小学校低学年
「卵好きなのよー」
オトナたちの爆笑の理由と、分析:
殻にひびが入っていたのは、1個だけだったに違いない。
いちおう保護パックに並べてあったのだから。
ただずる賢くて食い意地の張ったこのみは、これいい幸いと
ひびの入ってない卵も割って、2個分の卵焼を焼いたのだろう。

それから何年も経ち、このみはファッション関係に就職。
あの搗きたてのお餅のような顔を
別人のように念入りにメィク・アップして出勤するというので、
こないだ母と神田の最中をだしに狂言「附子」ごっこをして
ふざけていたので、また古い話を思い出して笑った。
で、この卵のエピソードに「このみのぶす」とタイトルをつけたしだい。

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