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記憶の中の詩

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1993-09-30 [ Thu ]
帰国して2週間寝こんだあと、市岡に電話した。ティーナからけっきょくもらってしまったフランケン・ワインの1本を、この親しい友人夫妻に贈ろうと思ったのだ。
「うーん・・・」電話口で、彼は口ごもった。「せっかくだけどワイン、あんまり好きじゃないんだ」--「どうして?前に愛子さんが、二人して W... で飲んだフランケンがおいしかったって」--「あのね・・・・・・愛子と別れたんだ」
まさに、青天の霹靂だった。訳のわからないまま、とにかく会う約束をした。次の週末、せめてきれいなものを観ようと、庭園美術館で会った。
ダンディで審美主義者の彼は、しかしアール・デコの邸宅には眼もくれず、ひたすら離婚のいきさつを呟きつづけた。ヨーロッパで1ヶ月間、いろんなことがあったあとで、ほんとうは私も心身ともに参りきっていた。けれど今は、黙って市岡の聞き役をつとめるしかなかった。仲のいい夫婦だった。何を言えば、どんなふうに話を聞けばいいのか、わからない。しばしば沈黙が流れた。私はとまどって、喫茶室の窓に飾られた松ぼっくりや栗の実を撫でた。
足の向くままバスに乗り、気の向くまま競馬場で降りる。馬と土と干し草と、ここは海が近いので、潮の香りがまじって澱んでいる。トワイライトもまだ前座レースなので、観客席ものんびりしていた。券は買わずにトラック内のベンチに腰をおろし、気に入った馬の走りっぷりに一喜一憂しながら、また市岡は独りごとのように言葉をこぼし続けた。私がよけいなことを口にしないのが、かえって彼には楽なようだった。
ここまで来たのなら飛行機を見たいと、空港へ誘った。初秋の陽は、そろそろ暮れかけていた。夜気が薄着の肌を包む。湿ってひんやりした風だった。ここはほとんど国内線専用になってしまったが、送迎デッキで発着する機体のランプを見ていたら、私の胸にたまっていたものが流れ出した。フェンスに指を引っかけたまま、言葉だけがポロポロと転がりでる。市岡も同じ姿勢で生返事をしているので、私の言葉たちは団栗のように、乾いた音をたてて足もとに散らばった。
二人で、長いため息をついた。その息が白いのに大笑いして、ターミナルの中華料理店に入った。
ちょうど飛行機が着いたところなのか店は混んでおり、丸テーブルで相席になった。私の左120°の位置に、2人連れがすでに食事を始めていた。男性は50代半ば、女性は20代後半だろう。あまり口を利かず、どことなくぎこちない風だった。もっとも市岡と私も、友人とはいえ齢はひと回り近く離れており、雰囲気も服の趣味も、まったく恋人どうしのそれではない。けれど相席の2人連れの、前に置かれたビール瓶がなぜか気になって、私は時々こっそり視線を投げずにいられなかった。
料理が運ばれ、空腹が満たされてくると、私たちの話題もいつもどおり、他愛のないものになった。お気に入りの詩人、音楽や美術・・・話題はとめどなく流れる。ようやく救われた気分で、私たちは上機嫌の饒舌にまかせた。
「そういえばずっと前、逆瀬川さんがね・・・」
私が昔の婚約者の名を口にしたとたん、しかし辺りの空気が凝固した。市岡は蓮華を手に持ったまま、私の横顔をまじまじと見つめていた。市岡と逆瀬川、そして私は共通の友人どうしだったから、そこで古い名前が話に出ても、決して不自然ではない。しかしもっと驚いたことに、斜め向かいの2人連れまでが、凍りついたように、俯きかけた私の額にひりひりとする視線を注いでいたのだった。その視線にたじろいで、
「何を言おうとしたんだっけ、忘れちゃった・・・うぅん別にね、度忘れするくらいだから、きっと大したことない話」
続きをごまかして、ナプキンで汚れてもいない口元を拭った。
しばらくして、思い切って顔をまっすぐ上げた時、くだんの2人連れは消えていた。
浜松町で市岡と別れ、一人で山手線に乗る。電車の揺れにつれて、遠い記憶の断片が少しずつ継ぎ合わされていった。
逆瀬川の家では、すでに家族同様の扱いをうけていた。達也は月に1回は必ず、週末東京へ帰ってきていた。私たちの貴重なデートの時間は、一家にとっても大切な団欒のときだったのだ。弟夫婦は親しみをこめて、軽口さえ叩いたし、彼らの小さな一人娘は、私にもずい分なついていた。ただ、大好きな「おじちゃん」が私と2人きりで出かけようとすると、ふくれ面で横を向き、いくら呼んでも返事をしなかった。
同じ教会に、達也の叔父一家が来ていた。彼の祖父は早く亡くなり、長男だった父親が、夜学に通いながら働いて家族を支えた。亡くなった祖父は、教育者だったという。齢の離れたこの叔父は、中学の教員になった。達也兄弟は、大学教員と医師になった。順調な人生なら、父もそういう職業に就いていたのだろう。父と叔父とは、同じ教会に通う実の兄弟なのに、なぜかほとんど言葉をかわさなかった。それぞれの家族も、倣ったようによそよそしかった。
中華料理店で同席したのは、この叔父だったのだ。
それに気づいた時、私がビール瓶をじろじろ見ていた理由も、納得がいった。
叔父一家が、教会で証しをしたことがある。実直な父親、優しい母親に真面目で素直な息子が2人。絵に描いたような、温かい家族だった。
「私にとって、イエス・キリストに導かれたこの家族は、何よりの宝であります」叔父は言った。「教員室の机には、いつも聖書を置いています・・・私は酒も煙草もやりませんが、家族と祈り、歌うとき、一日の悩みも疲れも癒されるのを感じます」
そして、次男のピアノに合わせて、一家は讃美歌を歌った。
達也の一家も、音楽が好きだった。けれど時々聴かされる達也の独唱よりも、ずっと年下の従弟のピアノの方が、残念ながらはるかに上手だった。
「酒も煙草もやりません」-----
その叔父が、妻でない若い女性と、1本のビールを分け合って飲んでいたのだった。しかも、空港で---大型チェーンに属するその店は、わざわざ出向いてくるほど、いい料理を出しているわけでも雰囲気が洒落ているわけでもない。市岡も私も、空腹に耐えかねなかったら、都心に戻るまで我慢したであろう程度の店である。
しかも、逆瀬川の名---自分の名を呼ばれて、彼らはこそこそと席を立った。叔父一家とは、信者どうしの軽い会釈しか交わさなかったから、何年も前にその教会を去った私を、叔父はまったく覚えていなかっただろう。それでも---あるいはそれだから尚、叔父は平然と居直って、秘密の旅行の余韻を味わいつづけることが、できなかったのだ。連れの女性も、叔父以上に怯えた眼をして、こちらを見つめていた。
翌日、また市岡に電話した。気味が悪いほどの偶然を話したかったのだが、さほど遅い時間でもないのに、彼は酔った口調で応じた。
ウィスキーを、飲んでいるのだ。
私は「あまり飲みすぎないでね」と、ありきたりの台詞だけ言って、送受器を置いた。
婚約を解消したのは、かなり話が進んだ時期だったが、互いに何の未練もなかった。だから、今さら叔父の不行跡にショックを受けたわけではない。そういう“オトナ”の行動を「キタナイ」と詰るほど、青臭い齢ではない。
ただ、妙に白々しい気分だった。
ほとんど自己目的的なまでに、厳格な原理主義の教会だった。プロテスタントには、そういう教会が珍しくない。かえって、小市民的ですらあった。憚りながら、敬虔なクリスチャンであると同時にリベラルな祖父や伯父たちに強い影響を受けて育った私には、無意識のうちにもそれが窮屈でたまらなかった。私たちの破局をとうの昔に予見していたのも、子供の頃から可愛がってくれた伯父の1人だったのだ。
自己目的化した原理主義は、小市民的偽善の温床となる。そのことを達也の叔父は、図らずも私の前に露呈してくれた。教会であんな証しさえしなければ、私もここまで残酷な気持ち---残酷な喜び Schadenfreude を、覚えずにすんだかも知れない。それでもなお叔父は実直な顔をして教会へ通いつづけ、「キリストへの信仰こそ、家庭の幸福の礎」と繰り返しているのだろう。
白々しく、肩が急に軽く、うすら寒いように感じられた。
そういう欺瞞に浸って生きつづけられる達也の一族とは、彼らの教会とは、けっきょく縁がなかったということなのだ。罪を犯しても、免罪符さえ買えば、すべて赦されるというのか。「手を洗えば洗うほど汚れていく」人間の業の深さを、彼らは身に染みて感じることはないのか。
今度は愛子から、電話があった。離婚の報告である。いつもはおっとり話す彼女の声が、どこか金属的な響きを帯びているので、何もかも初めて聞くふりをして、話し相手になる。
「あなたを信頼して甘えるけど、どうか彼の支えになってあげてほしいの」
支えが必要なのは、むしろ愛子ではないかと思った。それでも彼女の言うとおりにすると答え、1時間以上も相槌を打ちつづけるうち、彼女は落ち着いて送受器を置いた。
もうしばらくしたら、市岡を食事に誘ってみよう。この間はかなり呂律が怪しかったけれど、今日の愛子の様子では、彼もまだ、私に話し足りないことがあるようだ。
私は手を洗って、掌で団栗を愛でた。私のもの想いは、逆瀬川とも市岡ともまったく無関係なところで、始まったばかりなのだった。

September
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