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記憶の中の詩

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2005-06-16 [ Thu ]
紫陽花のまるりと一輪雫おきて
   受く石段の掌〔たなごころ〕の上〔へ〕

花毬を土におきかへし温もりや
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2005-06-12 [ Sun ]
ふと空いた日曜日、美術館へ行く。
最終日なのに微妙に出遅れたので、
駅で買ったおにぎりを齧りながら
公園内を走る(笑
バッグにしのばせてきたチョコレートが
Cote d'Or なのはちょっぴり進歩だけれど
すっかり学生時代に戻った気分だ。
あ、で今日はベルリン至宝展なので
おにぎりはさしずめカリー・ヴルスト。
それでも一昨年の夏、ペルガモン美術館で買った
イシュタール門モティーフのスカーフをし、
それに合わせてバッグの底に Azzura という香水を
香らせた。

もともと、遅すぎる夏休みをとって日本から遊びにきた
旧友のたっての願いでエジプト博物館を訪ね、
ネフェルティティ王妃の頭部とご対面したのが
最初の Berlin 旅行。
そのあと、壁がなくなったばかりの東西 Berlin を
夜中まで歩き回って、東西の差を爪先で感じた。
その彼女が「あのときは楽しかったわ!」
(姉妹のように遠慮がないどうし、喧嘩ばかりした
1週間の珍道中だったのだが・笑)
「そのスカーフ、ペルガモンでしょ!」
(私は彼女との思い出に、10年後の Berlin で買ったのだが・微笑)
「上野の展覧会行ったわよ!」とこの数ヶ月間大騒ぎするので、
どうにかこの特別展に私も来たかったしだい。

美術展の感想は、↓をご参照ください(笑
途中で体力的に挫折しそうになり、
学生時代・・・ぃゃ、ヨーロッパの美術館・博物館なら
今でもするとおり、床に座りこみたくなる。
やってみたのだけれど、どうも具合がよくない:
1.来日特別展(特に最終日)でごった返す日本の美術展では
 他の観覧客の邪魔になる;
2.せっかくジーンズにスニーカーなのに、
 いい年をした「婦人」(笑)が胡坐をかくのは、
 日本では顰蹙もの。
 (かといって横座りではかえってみっともない罠);
3.床視線は決して悪くないが、展示位置や照明のぐあいで、
 作品保護のガラスに人工照明がギラギラ反射して眼と頭が痛くなる。
国立博物館・平成館はかなり天井が高く、圧迫感がないのはいいのだが
特にロマン主義絵画のコーナーは薄暗がりで、逆光を強調した作品が
見にくくて困った・・・

梅雨に入ったと思ったらさっそくの小休止で
時々薄曇りながら晴れ、少し動くとじっとりと汗ばむけれど
風に吹かれて歩くのは心地よい。
壊れてしまった携帯ストラップの新しいのを買いたいとかこつけて
そこらのミュージアム・ショップをのぞいて歩き、
公園を少し散歩した。

本日の収穫その壱:Tilman Riemenschneider、そしてロマネスク彫刻との「再会」
建築はともかく、ロマネスク様式の美術に触れるのは何年ぶりだろうか。
昔、ちょうど今ごろの季節、初めてロマネスク様式の Naumburg のドームに足を踏み入れ、
その空気感やゆるやかな曲線にすべての感覚を絡めとられた記憶が甦る。
それから、Riemenschneider と同時代人・Veit Stoss の彫刻に涙し、
ターミナル駅でちょっとした接続の時間も惜しんで
中世風の街並を教会へと走り、受胎告知のレリーフを
飽かずに眺めていた日々も。

収穫その弐:19世紀美術家たちとの「再会」
Friedrich Schinkel はさしずめ Leonard da Vinci や Goethe といったところで、
ありとあらゆるところに名前が登場して辟易する。
けれども改めて彼が設計した擬古典主義建築の完成予想図や絵画作品を見ると、
当時それだけ影響力をもっていたのもむべなるかな、である。
Casper David Friedrich も「昔、ちょうど今ごろの季節」(笑)
Weimar でさんざ見たことを懐かしく思い出す。
窓辺の婦人像は、暮れの Dresden で、Romantikerhaus に展示されていたものだ。
センスも技術もないのに私が逆光に固執したり
マニアックにも廃墟に熱狂したりするのは、
やはりロマン主義絵画の影響が無意識裡にあるのだろうか、と考える。
数年前に苦しみぬいた仕事で出てきた「名前」たちとの再会にはうんざりするが、
もっと古い記憶の中にノスタルジックに浸る。

今年もまた、聖ヨハネ祭が近いのだ・・・・・・
2005-06-12 [ Sun ]
♪Berlin ist aller staedte queen!

世界遺産・博物館島 ベルリンの至宝展---よみがえる美の聖域
http://www.asahi.com/berlin/
東京国立博物館・平成館(本日6/12終了)
神戸市立博物館(7/9-10/10)

諦めかけていた美術展だが、
たまたま(笑)最終日に時間ができたので出かける。
やはり行きたがっていた知人も、昨土曜日に
「もう無理だわ・・・」「最終の日曜なんて、混んでてイヤ」と
呟いていたので
当日の朝強引に誘うのも忍びなく、一人で観る。

第2次大戦の戦火に遭い、その後東西の壁に40年以上隔てられていた
「博物館島」の博物館を改修し、コレクションを「再統一」
するにあたって、いわば「引越し興行」のような形で
(ちょうどドイツ年でもあり)企画された特別展。

エジプト~メソポタミア~ギリシァ&ローマあたりで、
いったん挫けそうになる。
4つの博物館のコレクションを1度に観ようとするなんて無謀、
だいたいヴィーン美術史美術館も、17世紀ネーデルラント絵画の
展示室が閉まっていたのにとんでもない強行軍だったし、
ヴィーンに1,2日でも立ち寄るたびに
少しずつ観ている友人のMちゃんは賢明よ・・・と、内心愚痴る。
一昨年夏のベルリーン旅行は・・・まぁいろいろあって、
その時けっきょく不本意にもいちばん足止めを食ってしまった
ペルガモンのギリシァ・コレクションを今回は素通り。
その時ゆっくり観られなかったイスラーム美術の出品
(私たちをふり回したギリシァ人が、
私とスロヴェニア人の携帯をビービー鳴らして
ドコニイルノ、早ク出ヨウと催促したので・苦笑)が
今回は少なく、つくづく残念。

さて、近代コレクション。
・・・あれ・・・
こちらは拍子抜けするほどの薄味。
呼びもののラファエロやボッティチェルリ、レンブラントやマネ・・・は
いるけれど、古代コレクションほど系統だった展示になっていない。
それでも中世~初期北方ルネサンスやビザンティンの彫刻を観、
長年「今さら」と頑なに思いこんできた
19世紀のシンケルやフリードリヒに再会できたのは
個人的には収穫だった。
(もっと個人的なとりとめない感想は、
もう1つの日記に掲載してあります・笑)

まぁあくまで「引越し興行」、博物館によって特別展に出す
作品にムラが生じたのはしかたないことで、
今回見損なったのは次回の来日展に期するか、
またベルリーンに行きなさい、ということだろう。
シナゴーグもユダヤ博物館もまだ観ていないし
(別の機会、仕事でベルリーンを訪ねた時
ちょうど翌日-滞在最終日-出かけようとした日に
イスラエルの高名なラビが亡くなり、
「シオニズム運動の拠点だから気をつけなさい」と言われていた
シナゴーグに入る気になれなかった・・・)
あの町で見残したところは、いくらでもあるのだ。

日本の美術展でいつもながら思うのは、
展示室内にもっと椅子が欲しいということ。
まして専用の美術館、博物館なら。
それから、できれば展示スペース内にミュージアム・カフェを。
どうしてもゆっくり観るという気分でなく、
後ろから心太式に押されるままに
あるいはスタミナ切れがしてきて、
通り過ぎて出てきてしまうのはもったいない。
今からミュージアム・カフェを作るのが無理なら
(まぁ難しいだろう・笑)
何らかの方法で再入場できるようにして、
小休止をとりながら好きなだけ鑑賞を楽しめるように配慮がほしい。
特別展の入場券で常設展も観られるようになっているのは
良心的ともいえるけれど
あれもこれも観て総花で終わるよりは、
じっくり1つの展覧会を見尽くしたいと思う人も、少なくないはず。
2005-06-11 [ Sat ]
電車の中でも走りつづけて(笑)、美容院の予約時間に駆けつけた。
平日の夕方でがらんとした店に、小学生の女の子が顔をのぞかせている。
店に入るとなじみの美容師さんが出てきて、
この小さな店ではトップ格なのに、シャンプーから始めてくれた。
白い地にラメをあしらったスニーカーの細い足は、
気がついたらスタッフ・ルームのスクリーンの下で躍っている。
彼女か、男性店長の子供だろう。
それから女の子はフロアへ出てきて、慣れた態度でレジ・カウンタに立つ。
こちらを見てにやりと笑う。

席についてから、鏡の中の美容師さんと女の子を見比べて
「・・・お嬢さんですか?」と訊いてみた。
次女で、休みの日や学校帰りに時々来るのだという。
近所ではないけれど、一人で電車に乗って。
見よう見まねで仕事を覚え、タオルの洗濯やクロスの整理は
娘がしてくれるので、忙しいときはほんとうに助かると、
母親の顔で笑った。
信州の出身だとかで、ちょっぴり北関東にも似たアクセントで
さばさば喋りながら、彼女はてきぱきと仕事を進めていく。
その母親の手もとを小さな娘はまじまじと、あるいは
カウンタの陰からこっそりと、飽きもせずに見つめる。
「なんかね、最近美容師になりたいって言い出して」
時々悪さを企むと母親は目ざとく見つけて、
黙ってじっと睨みつけている。
それでも手は止まらない(笑

終わると女の子はカウンタからどきもせず、
店長と母親の仕事を何かしら手伝おうと、まだ虎視眈々狙っている。
私にも最初からずっと、同じ笑みを投げつづけてくれているけれど
人見知りが強いどうし、目くばせして笑いあうだけで黙っている(照

店を出たら、仕事関係の携帯メッセージが入っていた。
私もそういえば、両親が仕事をする背中を見て育ったかもしれない。
廊下の階段で妹と2人、本を開いてぼんやり待っていたら
編集部員さんがボール・ペンや雑誌の付録をくれたこともあった。
同じ仕事は、したくないと思ってきたけれど・・・
私の手にもペンだこの名残はあるけれど
もうずい分柔らかくなって、父母のそれのように
インクのしみがついていることもない。
2005-06-04 [ Sat ]
メトロの駅を下りたら、はらはらとかすかなものが
髪や頬に降ってきた。
・・・いや、傘をさすほどではない。
それでも雨の匂いが、コンクリートや車の匂いを
ほわりと包んでいる。
かかとに弾みをつけて、ゆるやかな坂を上る。
いつもの銀杏並木を入っていく手前で、
鳩を見つけた。
羽をふくらませて、歩道に座りこんでいる。
恬然と。
まるで卵でも抱いているかのように、じっと動かない。
それでいて、人や自転車が通らないゾーンを
きちんと見きわめて決めたらしいポジショニングが
微笑ましい。
都会の鳩は、したたかなのだ。

夕方から雨になった。
自宅近くの駅からいつもの道ぞいに、花屋をのぞいて歩く。
・・・今年も、白い芍薬は「幻の花」。
濃い紅の蕾を買う。
白いトルコ桔梗も買おうか迷い、
けっきょく紅い芍薬だけを包んでもらっている間に
傘はいらなくなり、折りたたみ傘と丈長の花をいっしょに抱いて帰った。

翌日、雷雨の去った夕闇に
白い花水木が浮かんでいた。
雫を振りはらいもせず、凛として嫣然と。
そして部屋には
すっかり紅が薄くなった芍薬が負けじと
ふくよかに、清々しい香りをあたりにふりまいていた。

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