journal in japan

記憶の中の詩

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2005-07-27 [ Wed ]
真昼をやり過ごして、夕方から外出。
古い鞄に書類を入れ、
V.W. のスカーフを髪に結び、
踝にお気に入りの香水をスプレーする。

mira bai / chopard (ch)
短時間とはいえ仕事で人と会うのに
女っぽすぎる香りだけれど、
仕事モードのローズマリーは
いきなり真夏日のこんな天気には
自分が負かされてしまいそうだった。

いつ買ったのか、もうはっきり思い出せない。
買ったのは---そう
あの町の、ユダヤ人街も遠くない店だったけれど。
ただ初めて知ったのは、北の小さな小さな商都。
やはり、こんなふうにじりじり照りつける夏の日だった。
"mira bai" とは、インドの女流詩人の名。
東洋人など立ち寄ることもない静かで明るい町で
「東洋の神秘」という無邪気な幻想を
(南西アジアと北東アジアは違いすぎるのに!)
無邪気に重ねたらしい女主人が
とるに足らない買いものに
細いガラス壜をそっと添えてくれたもの。

その町に、南ヨーロッパの血をひく詩人が
降りたった昔を思ってみる。

台風を生きのびて、けなげに咲きつづける萼紫陽花。
ヨーロッパの8月の記憶は、
乾いた太陽の下でしおらしくしたたかに咲く
紫陽花の印象と結びついている。
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2005-07-24 [ Sun ]
ich kuesse und umarme dich zu deinem geburtstag
im himmel,
lieber Opa Wascha!
mein lied ziehe dich noch hoeher hinan ...!
2005-07-24 [ Sun ]
ich kuesse und umarme dich zu deinem geburtstag
im himmel,
lieber Opa Wascha!
mein lied ziehe dich noch hoeher hinan ...!
2005-07-23 [ Sat ]
allerherzlichste glueckwunsche
zu deinem geburtstag,
Wascha!
2005-07-21 [ Thu ]
the parfum for today: wish / chopard (ch)

was denn wuensche ich?
oder von wem ist der wunsch ueberhaupt?
2005-07-18 [ Mon ]
杉並木を抜けて走った。
年経りた異教徒(笑)をリア・シートに積載しているので、
私は独りで神経を張っている。
茶屋が見えてきた頃、ついにたまりかねた。
「お願い、お榊を買う前にいいかげん止めましょ。
『他の信仰への最低限の礼儀』でしょ!」
私が持ってきた室内楽を中断してまでかけられていた
ロシア聖歌のストップ・ボタンを押すと、
年経りた運転者(笑)がけたけたと笑った。
榊をあげ、蝋燭に火をつけようとマッチを出したら
「お神酒をあげてからです!」と逆襲にあった。
3人分の柏手。

欅並木を抜けて走った。
今ごろ、BGM が世俗の民謡に変わる。
途中で花屋に寄ってこられなかったのに
いつもの茶屋にあったのは榊と、
カサ・ブランカにデンドロビュームや・・・菊をアレンジした束だけ。
菊は違うのにと、私が独りでこだわりつづける。
目印の里山が近づいてきた頃、運転者が
「なんてタイミングなの!」と叫ぶ。
「鐘の歌」だ。

詠隊指揮者でもあったワーシャは
自分の子供たちを並べて歌わせるのも好きだったという。
いろいろ歌わされた中には自作のものもあったらしいが
「これはおとうさんのじゃないかも知れないの」と、
ある時母がうろ覚えのメロディを口ずさんだ。

そんな思い出話も忘れたと思った頃、
部屋で音楽をかけていて飛び起きる。
リプレィ。
リプレィ。
気になる。
母に電話し、電話口で聞かせる。
「これよ、『鐘の歌』!」

聴いていたのは『ドクトル・ジヴァゴ』のサントラ盤 <ぇぇ、ご存分に笑ってください(素
革命で首都を追われたジヴァゴ一家が田舎に逃れる途上、
駅で同じような「国内亡命」組が不安や寒さをまぎらすために合唱する歌。
かすかなボリュームで、それまで何も考えずに聞き流していた。
あとでわかったのだが、古いロシアの民謡らしい。

ひとわたり聴いて、祖父母たちのところへ行く。
そういえば父とここへ来たのは初めて。
自分で同行すると言い出したらしいが、
枯葉1枚拾うのにもきまり悪そうだ。
2人分の十字。
父がぎこちなく、最後まで去らずに墓前に立っている。
ふと気になって、その背中を見つめる。
父が指を2本、額にあてる。
しばらくためらって、横を向いてその指で額をこすった。
もしも、もしもお母さまを先に送ったら
杉並木の向こうのお墓でちゃんとロシア十字を切るのよ、お父さま。

「長男にクリスチャンの嫁」を嫌いながら
ワーシャを送る日に堂々とロシア十字を切った自分の父親を、
この父はまだ超えられずにいる。

車に戻って、もう1度「鐘の歌」をかけた。
続いて「カリンカ」。
私は調子に乗ったふりをして、一緒に「カリンカ」を口ずさんだ。
私をからかう祖父の声が聞こえたような、
新しいピアノを弾いてくれる腕に触れたような、気がした。

来週の土曜日は、100年前にワーシャが地上に生まれた日。
来週の日曜日は、20年前にワーシャが天国に生まれた日。
2005-07-14 [ Thu ]
世阿弥が口をすっぱくしていった「初心忘るべからず」という言葉も、
ただ漫然と初心に還れ、ということではない。そんなことは誰にも
できはしないのだ。彼がいっているのは、若い時の初心を身体に叩き
こんでおけば、身体が覚えているという意味で、そこには気持とか心と
いったようなあいまいなものは一つもない。花の種を一生身につけて
いれば、いつでも取り出して見せることができる、といっているのと
同じことである。
(S.M.「児姿は幽玄の本風也」)
2005-07-11 [ Mon ]
近所の古道具屋の店先に、瑠璃色の器が並べられていた。
香蘭社だ。
昔、お祝いにねだろうとデパートの売場を漫ろ歩いたこともあるけれど
その頃からトレード・マークの瑠璃色も、
はやりのモダンな明るいエメラルド色も
浅すぎて私の好みにはすでに合わなかった。
眼の前に菓子用の大皿と、銘々皿が各1セット。
母が大切にしていた、古い紅茶カップの色だ。
心惹かれつつ、出かけるところだったので駅へと足を速めた。

店が開いているうちにと、急いで用事をすませて戻ってきたのに
軒先には大皿セットと、できそこないの織部もどきが転がっているだけ。
跡とり息子夫婦が奥にいたので銘々皿セットの行方を訊くと、
「あー出ちゃったんですよ」
どうやら私が通った直後のことだったらしい(悔
実はこの店で昨秋にも、香蘭社の汲出を逸している。
「あーうちは時々、香蘭社入るんで。またのぞいてみてください」
「またいらしてくださいねー」
小さな古道具屋には不釣りあいなほど、ジーンズのよく似合う若夫婦は
顔だちも体格もまったく違うのに、そっくりのキュートな笑顔をくれた。

家へ帰って、白磁のマグ・カップに麦茶を注いだ。
眼の奥に残った、蘭の花の瑠璃色を愛でつつ。
2005-07-05 [ Tue ]
坂の下から近づいたとき、鐘が音もなく揺れていると思った。
お堂の石段に片足をかけたら、いきなりガランと響いた。
頭から全身を貫かれる。
踵をかえして、境内をふらふら歩いた。
少し離れて見上げた鐘楼に、人の頭と腕が見えた。
招きの鐘は鳴りつづける。
いくつものメロディを、鐘撞きは両腕と両足を使って奏でわけるのだ。

戻ったら、乳香がかすかに、外まで漂いでていた。
この香りを恐れて、何年も懐かしい教会から遠ざかっていたのだけれど。
香炉を振る、鈴のような音。
司祭たちの祈りのメロディ。
詠隊の歌をまねて口ずさむ。
幼い私が脱走した、詠隊席の後の扉が細く開いている。
父親に抱かれてイコンに蝋燭を捧げ、十字のきり方を教わっているのは
どこか中東系の顔だちをした、金髪の幼児。
還ってきたのだと思った。
詞を知らない(きっと私は裏の池まで逃げていたのだ・笑)歌になり、
コーヒーだけを流しこんできた声が続かなくなって、
しばらく聴こえてくるものに身体と意識を快く委ねた。

そう、どこで命を終わっても還る処はひとつだと思っているけれど
願わくばそこには、あるいは胸のうちに
鐘が鳴っていてほしい。
そして、瞼を閉じてくれる指と
魂を迎えてくれる腕があれば。

聖餐式が終わり、ぞろぞろとお堂を出る人たちについて
深呼吸をしにいく。
子供の頃遊んだ池はとうにないけれど、
ふたごの小さな姉妹がくるくる回って遊んでいる街灯が、
たとえばこれからここで大きくなる子供たちには
懐かしい思い出になるのだろう。

お堂のイコンをひとつひとつ巡りながら
祖父ワーシャの手を思い出していたら
パニヒダ(死者記念ミサ)が始まった。
売店に楽譜がなかったので、記憶を頼りに歌う。
(なんと頼りなさすぎたことか・・・)
ふと、声がつまる。
楽譜がなくてもあっても、歌えなくなる箇所はいつも同じだ。
つまるのは声だけでなくて、何より胸なのだから。
パニヒダの鐘が鳴っていた。

パニヒダのあと、新しい棺が主祭壇の前に据えられ
小礼拝堂には幼児洗礼式の関係者が、通路まで溢れだした。
ある年の7月、私は灰色の服を着てとめどない涙を拭いながら
お堂を、境内を駆け回り、葬送の鐘にまさしく打ちのめされたものだけれど
その暑かった7月に、ワーシャの亡骸は数日間このドームの下に
守られていたのだけれど
今年のパニヒダは雨もよいで、パシュミナだけでは震えるほど寒い。
ドームに逃げこんで暖をとる。
そう、ひと足先にワーシャとマルファの処へ帰ったグリゴリーを
幼かった私が白いリボンに白い服を着、イコンを掲げて
祝福の祭壇に先導したこともあった。
ここには人の生の、すべてがあるのだ。

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