journal in japan

記憶の中の詩

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2005-08-30 [ Tue ]
瑠璃色の硝子が 夜風に吹かれて
りりん りりんと まるやかな音色奏でて
新月にむかつて ころころと滑つてゆく
スポンサーサイト
2005-08-25 [ Thu ]
das schifflein im strum und drang

第九の怒涛はのりきれるのだろうか?

an das bild gewidmet: I.A.: the Tenth Wave
http://www.abcgallery.com/A/aivazovsky/aivazovsky17.html
2005-08-24 [ Wed ]
つけっぱなしになっていた TV でいつの間にかドラマをやっていて、
私の好きな(シャンソン)歌手の K.T. がなぜか重要な脇役で出演していた。
その彼女が、突然『海の沈黙』の話を始める。

ヴェルコールの美しい抵抗文学は若い頃からなぜか大好きで、何度も読んだ。
薄い岩波文庫を何度買ったかも、わからない。
私の解釈(というか再話じたい:ドラマ原作者/脚本家は誰だ・爆)は
K.T. のものとは違い、
ただ彼女の温かいアルトの語りが心地よくて耳を傾けた。

パリの小さな民家を接収したナチの青年将校は、
沈黙という抵抗をつづける老人と娘を相手に、毎日毎晩独り語りつづける。
生いたちのこと、戦争前の青春時代のこと、戦争のこと・・・
そのうち相変わらず無言ながら、
父娘の態度に少しずつ微妙な変化が見えはじめる。
決して反応や返答を強要しない将校の語りに、慎ましく静かな挙措に
心を和らげていくのである。
やがてドイツが無条件降伏し、フランスから撤収する直前
将校は「私はこんなにもフランスを、フランスの文化を愛しているのです」と
言い残して去る。
父娘はいつもどおり、沈黙でその吐露に応える。

占領者と被占領者のあいだのそういう心の交流は
ニンカの母親も話してくれたことがある。
教会オルガニストだった父(ニンカの祖父)をはじめとする一家と、
ソ連軍の若い兵士2人の物語。
戦後、ロシア語を強要する学校教育を受けても
ロシアやロシア文化に対する素朴な愛着が変わらなかったのは、
そのためでもあったらしい。

ひと滴ずつは微かでも、
それが激流をまき起こすことは稀であっても、
やがて豊かにひとにぎりの土を潤し、花を咲かせることはある。
gib nie auf!
2005-08-21 [ Sun ]

キバナコスモス満開。
宵の口の風が、まだうなじにまとわりつく。

今宵は十六夜。
晩夏の明るい月が、壁にレースのカーテンのゆらめきを映す。
2005-08-09 [ Tue ]
中学にあがった夏、家族旅行で中国地方へ。
広島平和記念公園を歩き、原爆資料館を見学。
その夜、眠れずにカーテンの隙間から眺めた空が、街が
唸りどよめいている気がした。

何年か後、父が自作の原爆資料集をまとめた。
死んだ子を抱いて茫然と座りこむ母親の扉写真。
昭和20年8月、広島で亡くなった実の祖母に捧げられたもの。

小学校で、「家で働くおかあさん」の絵を描かされた。
洗濯をするおかあさん。
料理をするおかあさん。
私の絵だけが違っていた。
机に向かってペンを持つおかあさん。
「何をしてるの?」と級友に訊かれ、
説明したけれどわかってもらえなかった。
でもそれが、私にとっての日常光景だったのだ。

鍋をかけていたのを思い出して、慌てて台所へ走った。
よかった、焦げていない(苦笑
小豆がほっくり煮えている。
母もよく、ペン仕事のかたわら煮物をしていた。
ペンが PC に変わっただけで、気がつけば似たようなことをしている。
洗濯機の音を聞きながら、
煮物の匂いを嗅ぎながら、
言葉を相手の仕事。

ボリュームをしぼった TV 画面を見て、また苦笑する。
戦後60年、被爆者の特集。

あずき白玉とあずき寒天
今夜じゅうに作ってしまおうか。
冷蔵庫にはゼリーも冷えている。
2005-08-07 [ Sun ]
宵闇の 波にたゆたふ 白槿
(H.M.)

むくげの花

あふれる水の 行く先を
とめる事も出来ず どこまでも
人は あてなく 流れ 流れて
悲しみの海へゆく
むくげの 白い 花のように
はげしい 夏を 咲きとおして
散って ゆくなら それでもいいと
燃えつきるまで 咲いた
忘れるな 白い花よ 夏の思い出
さよならを くり返し 旅する時に

この胸に おいで 白い花よ
くらやみの中を 逃げてゆかずに
思いは 必ず 届いて ゆくさ
どんなに 遠くても
はげしい 愛の おろかさを
知りながら 人は 何も出来ない
思いのままに 流れ 流れて
いつかは たどりつく
忘れるな 白い花よ 夏の思い出
さよならを くり返し 旅する時に

忘れるな 白い花よ 夏の思い出
さよならを くり返し 旅する時に
(K.T.)
2005-08-04 [ Thu ]
ニンカが可愛いペーパー・ウェイトを使っていたことがある。
よく見ようと持ち上げたら、乾ききったパンだった(爆
イースターのウサギをかたどったパンで、
あまり可愛いので食べずに「永久保存」することにしたのだという。
真似してトウキョウでも同じことを試みたら・・・
小さな青い斑点(笑)がふたつみっつできただけで
乾いてくれたのはラッキーだったが、
ある朝気づいたらレーズンの眼がなくなっていた(号泣
身体まで「招かれざる客人」の餌食になるのが忍びなく、
イースターの讃美歌を歌いながらビニール袋へ送りこんだ。

バッグから、固くなった小さなパンが2つ出てきた。
もらったのを食べきれずに、持って帰ってきたもの。
ナプキンに包んでいたので斑点(モウイイ)もなく、
もて余していたピザ用チーズもぜんぶ使って
オニオン・スープにする。

あと、固くなったパンのかけらがふたつある(苦笑
あ、これは聖体拝領のご聖パン。
長く置くとイーストの香りはなくなるけれど
食べられることはよく知っている。
とくにこれはマルファとワシリィの「永遠の記憶」のパンなので
雀にやってしまっては絶対いけない(笑

「聖餐式」ごっこをしたいけれど呑めない夜なので
グレープ・ジュースを買ってきたが、
スープだけで満腹してしまった。

この数日、ふとしたことから「天使の糧」を何度も口ずさんでいる。
好きなのはセザール・フランク作曲のメロディ。

panis angelicus

panis angelicus fit panis hominum;
dat panis coelicus figuris terminum:
o res mirabilis! manducat Dominum.
|: pauper, pauper, servus et humilis. :|

te trina Deitas, unaque poscimus,
sic nos tu visita, sicut te colimus;
per tuas semitas duc nos quo tendimus,
|: ad lucem quam inhabitas. :|

 | HOME | 

2005-08

profile

melusine

author: melusine
記憶の中の言葉たち

recent trackbacks

FC2-counter

be my blog-friend (:-))?

search in this blog

tabula rasa

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。