journal in japan

記憶の中の詩

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2005-10-23 [ Sun ]
die blaetter fallen, fallen wie von weit,
als welkten in den himmeln ferne gaerten;
sie fallen mit verneinender gebaerde.

und in den naechten faellt die schwere erde
aus allen sternen in die einsamkeit.

wir alle fallen. diese hand da faellt.
und sieh dir and're an: es ist in allen.

und doch ist Einer, welcher dieses fallen
unendlich sanft in seinen haenden haelt.
(R.M.R.)

木の葉たちが落ちる はるか彼方からのように
遠く天の高みで 庭が枯れたかのように
いやいやいやを する身ぶりで 落ちる

夜になると 重い大地も落ちる
あまねく星々から 孤独の淵へと

私たちはみな落ちる これ この手も落ちる
見てごらん みんな同じなのだ

けれどもたった一人の者がいて この落下を
かぎりなく優しく 両のたなごころに受けとめる

http://www.kollwitz.de/icons/skulp.jpg (K.K.)
http://www.bc.edu/bc_org/avp/cas/fnart/rodin/rodin_secret.jpg (F.A.R.R.)
http://home.arcor.de/maria.rentsch/Person/Bilder/Hand.gif (A.D.)
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2005-10-21 [ Fri ]
und dennoch hofft mein herz

ich habe so viel schlechtes getan
und schlechtes geschrieben, und dennoch hofft
mein herz in guten stunden oft
es gebe noch menschen, die mich lieben.

sie lieben mich, weil ich im innern
das bildnis ihrer jugend trage
und sie selber nahe suende und ferne tage
sich erinnern.
(H.H.)

それでもなお 私の心は希望する

私はまずいことをたくさんした
まずいものをたくさん書いた それでもなお
私の心は よい時にはしばしば
私を愛してくれる人たちがまだいるように と希望する

その人たちは私を愛してくれる 私が内に
彼らの若き日の似姿を抱いているから
彼ら自身 近き罪と 遠い日々を
思い出すから
2005-10-20 [ Thu ]
ぼつてりとまだ高く懸くる秋の実や

いっかな白まぬ神無月立待の宵に。
2005-10-18 [ Tue ]

週末、思いたって「夕方お茶をしない?」と年上の知人を誘う。
いき違ったかと思った矢先に電話がかかり、
自宅へ招かれる。
小雨の中、いくつもの扉を開けて。

「夫は今日上海へ発ったから、
ゆっくりしていってね」
小さな食卓で簡単な晩餐。
心の奥の扉は閉じたままだけれど、
パニーニやコーヒーの香りに
1週間のこわばりがゆっくりとほぐれていく。
窓を開けると、激しい雨音。

ツィターの調べを足もとに流しながら
G…夫人といく度か過ごした夜を思い出す。
私の奥の扉は開くことなく、
知人もいきなり自分をぜんぶ曝けだすほどナイーヴではなく、
この居間は外交高官のホーム・パーティ会場の一部でもある。
それでも最初は慣れぬ東洋人を
玄関いっぱいに立ちはだかって迎えたG…夫人が
いつしか両手をとって導きいれ、
夫の手になる天井や、息子やその妻の写真のある居間で
いっぺんに亡くしてしまった小さな家族の思い出を語りはじめたように
この人たちはひとつひとつの扉をゆっくり開けながら
いったん開いたものを鼻先で閉じることを2度としないのだ。

「けっきょくあの人たちはそっけないようで、
根はすごく寂しがりやで人懐こいんだよね」とは、日本人の友人。
ひき払ったばかりの古い部屋を私にくれ、
厳重で複雑な鍵の使い方に夫婦ともども3人で大騒ぎしたのは、
20世紀も末、中欧の北の首都でのこと。
それはそのまま、彼〈女〉らと私の、淡々と温かい関係を表した言葉でもある。

雨足はいよいよ激しくなるが、しばしばしてきた彼女の横顔と時計を見て暇を告げる。
子供たちも巣立っていったあと、数日間は彼女一人。
でも私も、その夜は自分のベットで眠りたかったのだ。
彼女の国の---南東部の言葉で別れを告げると、
彼女は子供っぽく笑って手を振った。
2005-10-17 [ Mon ]

#20

kirogi

強いです。
大きいです。

すべてを洗い流すように降りつづける。
2005-10-11 [ Tue ]
ニンカの
中北部訛の -ig- は、母親譲りのもの。
かすかに南部訛の sa-, si-, ... は、生まれ育った土地のもの。
低く温かい声で、穏やかだけれど歌うようなイントネーション。
翠灰色の瞳によく似合う。

ユーロチカの
北部の話し方は、生まれ育った土地のもの。
「標準語」がまといがちなよそよそしさも、身にぴったり添っているおかげで
やや鼻にかかった温かい声で、茶目っけのある言葉を運んでくるせいで
人の耳に優しく心地よく染みとおる。

二人の言葉に抱かれて
私のこわばった舌は少しずつほころんで
いつか私の言葉を転げだすようになった。

だからこの言葉は
私にとって
何よりも「魂」の言葉。
2005-10-11 [ Tue ]

しばらく頭痛が続いていたのが、
連休明け外出したら熱発を誘ったようだ。
民家の屋根からコウノトリが飛びたつ。
曇った空をまっ白に、斜め真一文字に切りとって
らせんを描きながら上っていく。
コーヒーとワックスと、紙の匂いがまじったフロア。
ゆうべ懐かしい声を、言葉を聞いたので、感覚だけが
時差8時間の彼方へワープしてしまったようだ。
無人交番の、直通電話ごしの署内のざわめき。
新聞屋で新聞を買い、ベンチに座って読む。
私の膝丈ぐらいしかない小さな男の子が、行く手に立ちはだかる。
まっすぐ見上げる眼が微笑み、甘えている。
「通してよぉ~」
のってやると、その眼がいたずらっぽく輝く。
彼の地でも此の地でも、こんなときにすり寄ってきてくれるのは
子供だの犬だのの小動物(微笑)だ。
気がつくと額が乾き、熱も少しひいていた。
古道具屋で、瑠璃色の切子グラスを求める。
カモミールの香りに包まれて、しばしまどろむ。
2005-10-11 [ Tue ]
ある土曜日、女友達が仕事の帰り道なのですぐ近所まで来てくれた。
最近すっかり原住民と化し、すっぴんに洗いざらしでうろうろ
歩き回っていたのを、1時間でちょっとだけ化けて外出。
・・・って、仕事には不向きで留守番つづきだった
お気に入りの(古い)黒い帽子に
今秋流行らしい(でもたぶん、買ったの昨夏)パープルのTシャツを
合わせたていど。
でも、いちおうお洒落だということになっている街ですから。
いいお天気だったので屋根の下にもぐりこむのだけはカンベンで、
イタリアン・レストランの中庭に1つだけ出されていたテーブルをゲット。
というか、レストランじたいが中庭にあるので、
ボーイ長は「テラス席」と呼んでいたが。

彼女は白いブラウスに、私が彼女にはいちばん似合うと思っている
濃いオレンジのスカーフ。
きれいに磨いただけの、短い爪を見てなぜか懐かしくなる(笑
いえ私も、きちんと磨いといてよかったです。
その飾りけのない手で、彼女はドルチェまでさらりときれいに平らげる。
そう、彼女は日本舞踊の踊り手なのだった。

「ウチノが『melusine さんいつ連れてくるんだ』ってうるさいから、
遊びにきてね」
「わぁーい、喜んで♪」
親族の食事会だけですませてしまったという彼女と、
1年ぐらいそんなやりとりしてるなぁ(笑
カップルの理想の身長差は15cmらしい、と言ったら「え゛」と
絶句している。
「あたしたち20cm以上は・・・」
「彼、いくつですって?」
「172、73・・・」
彼女は長年の友人だけれど、そんなに小柄だとはすっかり忘れていた(笑
2,3つ年下の彼女はどこかお姉さんぽいところがあって、
私は甘えきっているから(照
大らかでゆったりしたオーラが、彼女を大きく見せているんだなぁと
実感。
店を出ようと立ち上がったら、スカーフの濃いオレンジが
鮮やかなグラデーションを描いて、
端はきれいなフューシャ・ピンクだった。
2005-10-05 [ Wed ]
時々、もうひとつの故郷 wahlheimat の夢を見る。
家へ帰る途中だったり、街中で用事をすませて
お腹が空いたからどこかでお昼を食べようとしていたり。
旧市庁舎の大広間の天井を見上げていたり。

私のなかでは、おぼろげにその町の全体図が描かれているらしいのだけれど
ただしもうひとつの意識が、これは現実の町ではないことを知っている。
石畳の坂道を上っていった先に
ドアが外開きで和室のあるアパートメントがあるはずはなく、
旧市庁舎の内装はバロックもロココもはいっていない。
それでも繰りかえしこの町の夢を見ているうちに、
少しずつ地図---それも中世~ルネサンス期の版画のような
立体絵図ができあがっていったもの。

これは覚醒した次元で、
ほんの一瞬のシーンに TV の前に座りこんだ。
見慣れないアングルと構図だったのだが・・・
続いて映しだされたのは、まぎれもない現実のその町。
町の大時計の修理・修復を一手にひきうける職人工房を取材していた。
懐かしい南東部の訛。

私は修道院と、シナゴーグの時計が好きだった。
わざわざ気に入ったアングルで見上げるために
狭い路地をうねうねと歩き回った。
中世に築かれた館をアパートメントに改装した
そのてっぺんのロフトに住んでいた友人は、
窓を開けるとまん前に見える旧市庁舎の時計塔とその鐘が
時計代わりだと言っていた。

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