journal in japan

記憶の中の詩

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2005-11-30 [ Wed ]
自家製のマッサージ・スクラブ。
調合は・・・覚えてません(爆
確かなのは、BodyShop の柑橘系スクラブが気に入ったので
それを真似てありあわせの精油と、
もて余していたバス・オイルを
グラニュー糖にまぜたもの <ここ重要

ずっと放置していたのでこちこちに固まっていたけれど、
少しお湯を入れたらすぐにほぐれてきた。
シュガー・スクラブはソルト・スクラブよりしっとりしますよと
B.S. のおねぃさんに言われたとおり、保湿効果抜群。
とりあえず私はマッサージ後、純石鹸でもう1度洗った。
それでもべたつきが気になるならパウダー
(これもコーン・スターチ+精油で自作可)をはたけばいいが、
タオルで足をくるんでしばらくしたら、足はすべすべになっていた。

気がつくと台所で増殖しているグラニュー糖の有効利用。
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2005-11-29 [ Tue ]
涙してパンを食んだことのない者は
憂いの夜々を
床に座して泣き明かしたことのない者は
知らないのだ、汝ら天上の力を

wer nie sein brot mit traenen ass,
wer nie die kummervollen naechte
auf seinem bette weinend sass,
der kennt euch nicht, ihr himmlischen maechte.

ihr fuehrt ins leben uns hinein,
ihr lasst den armen schuldig werden,
dann ueberlasst ihr ihn der pein,
denn alle schuld raecht sich auf Erden.

(J.W.v.G.)
2005-11-20 [ Sun ]

夏に会ったとき、ニコライの手が浮腫んでいるようで
気になっていた。
ゆっくりゆっくり洋食を口に運ぶ手つき。
冬に会って、背中を丸め気味に自転車を漕ぐ後ろ姿が
気になった。
自転車を押して歩く、ひょろひょろとした足どり。

いかにも旅行写真らしいアルバムを眺めながら
私の視線はつい、ページを繰る伯父の手に落ちる。
たしかに夏よりひと回り小さく、
そろそろ冬なのに甲がきれいに灼けている。

この人が冷たく、怖く思えたのはいつのことだったか。
古い写真を見れば、今の私と同じくらいのニコライは
人が好くて優しかった弟のグリゴリーにそっくりだ。

亡き叔父の名を口にすることができず、
私は自分でページを繰った。

今は画材置き場になっている隣の和室で
こたつの上でトランプを繰るたくさんの小さな手たちを撮ったのは
誰の手だったのだろうか・・・・・・
2005-11-17 [ Thu ]
友人が薩摩芋をくれる約束をして、
そういえばうちには馬鈴薯もあるのだと思い出した。

大路の高級スーパーの店頭に、なんとかいう地物の蕪を売っていた。
おじいさんやおばあさんや孫娘や犬までが一緒になって引っぱる
ほどではないが、両手に余るほどごろんと大きく、
周りは白いのに中心部だけ赤いらしい。
しばらく迷ったけれど、今ひとつ鮮度がよくないようでやめた。
湘南産のものなら、都内の高級スーパーでも探せば売っている
可能性はある。

実は柿も少しだけれど頂きものがあり、
果物も台所に点在している。
なんとかいう(笑)葡萄は日にちが少し経ってしまったので、
ジャムにしようか。

悔しまぎれの追記:
インターネットでわざわざおとり寄せしているのに
     <おとり寄せが趣味(微笑
友人は薩摩芋の産地も名前も知らない。
馬鈴薯は・・・どこだろう。
北海道のどこだか(笑)出身の知人女性の恩師(たぶん80代以上)が
毎年「東京にいる同級生に配ってほしい」と大きな箱を送ってくれるそう。
2005-11-14 [ Mon ]
あきらめたはずのバスに追い越されて路地を曲がる。
この街でも、このあたりは何年ぶりだろう。
明るい初冬の陽ざしに照らされてさえ
心もとなかった道を手探りで戻る。

鳥居をくぐったとたん、視界が揺れた。
ここだったのか。
おっきなお兄ちゃんたちがほんとのちびすけたちを肩車し
おっきなお姉ちゃんたちがちょっとおっきいちびすけたちを羊のように追いながら
漫ろ歩いた境内の道。
いちばん年かさの従兄にぞろぞろ従っただけで
どこをどう巡っているのか、考えたこともなかった。
遠い記憶の中では、天神さまだと思っていた。

きゅっと寒く、ほんのり賑やかな記憶の光景。
今日はまだ暖かく、コートを脱いで身軽になる。
今よりちょっとちっちゃなお姉ちゃんだった頃のように。

炒り銀杏の屋台がひっそりと商いをしている。
かすかに甘い芳ばしい香りがしてくるけれど、
晴れ着に身を包んだ人たちは黙って通り過ぎてゆく。

足の向くまま、人の流れのままに角を曲がると
八幡さまの大鳥居が街灯の逆光をうけて
赤黒くそそり立っていた。
2005-11-13 [ Sun ]
[いざ・・・]
鎌倉へ (s)出陣(/s) 出奔。
義経ブームに七五三が重なり、大混雑の小町通~若宮大路。
大鳥居脇の鎌倉彫の店にいたら、
ガラス窓の向こうを見覚えのある横顔が通過。
伯父だ。
真っ赤なジャンパーにマウンテン・バイクでキメているけれど、
どこか頼りなげな姿につい声をかけてしまった。
小さいキャンヴァスを積んで、藤沢まで油絵を描きに行っていたという。
退職後始めた絵も、いい色使いをする人だけれど、
MTB の後輪はちゃんと空気を入れといてね(笑

[いにしへの・・・]
すぐ近くの伯父宅に (s)引きずりこまれ(/s) 招ばれ、
ヨーロッパ旅行の写真を (s)ありたけ見せられそうに(/s)
たくさん見せてもらうことになる。
まだ歩きたいところはあるし、夕方~夜には別の約束が・・・
オペラのヴィデオの山をスルーしたと安堵した瞬間、
古ぼけたアルバムが出てくる(爆
若い頃の、アフリカ出張の記録。
まだ列強の植民地時代で、私にとってはすでに
世界史の知識でしかない国名がずらずら。
内戦が始まる前の、美しいルワンダの絵葉書。
もっと見せたいものや食べさせたいものがありそうだったが、
時計を見て辞去。
いにしへの鎌倉の古都も、またゆっくり。

[やっと、会えたね・・・]
帰り道に友人夫婦と落ちあう。
「いい焼き鳥屋がいっぱいある」という街で、
小ぢんまりしたイタリアン・レストランへ。
「久しぶりに白が飲みたいなぁ・・・」なんて、
ぉぉさすが同志よ、シンクロニシティ。
今日は暑かったしね。
やっと初対面かなったのは、友人の夫君。
さんざ聞かされていた朝青龍より、舞の海に似ている。
ゃ、私秀平さんのファンですから(笑
自作のコンポートと鎌倉で買ったスモーク・チキンが、
有機栽培の薩摩芋に変身。
2005-11-07 [ Mon ]
女の子が生まれた年
水不足の東京
遠くから歩いて蝉採りに来た少年たち
身重の嫁がふるまう、コップ1杯の水を楽しみに
季節外れの西瓜
ぱさぱさの赤い果肉
記念になるはずだった、開会式の写真
フィルムを入れ忘れたカメラ
冬に生まれた娘
心に浮かんだ夏の風景

だから私には
湖にちなんだこの名がつけられた
2005-11-07 [ Mon ]
「このみ」は親戚の女の子。
母の従妹の子---をなんというのかわからないけれど、
年齢差でいえばまぁ
若い叔母と姪、ぐらいの年回りだろう。

美人顔ではない。
だが某挿絵画家(名前失念)の描く幼女のように
色白のまんまる顔で頬がふっくらして、
長姉(このみは3人姉妹の末っ子)の勉強をみている間に
両手両足で(笑)私にしがみついてくる手は
柔らかくてすべすべして、
ほんとうに可愛い子だった。
幼稚園や小学校で男の子を泣かせてきたり
(broken-heart で、ではない・笑)
一輪車を得意顔で乗りまわしたり、実はとんだガキ大将なのも、
親戚の「おねえさん」からすれば可愛いと笑ってすむ。

運動神経だけでなく頭の働きも鋭い。
このへんのエピソードは数えきれない。
まんまと鼻を明かされて、内心「このクソガキ!」(あらお下品)と
叫びたくなったこともある。

あるとき大人たちでお茶を喫んでいたら、
このみが母親にすり寄ってきて囁いた。
「あのね、生協から箱がきたんだけど
卵にひびが入ってたの。
で、悪くなるといけないから、すぐに卵焼にして食べたの。
2個焼いたの」
オトナ、大爆笑。
このみはまたお腹が空いたらしく(夕食もすんだのに)、
冷蔵庫から勝手に卵を出して焼いている。
殻を割る手つき、カラザをとる箸さばき、堂に入っている(笑
     <まだ小学校低学年
「卵好きなのよー」
オトナたちの爆笑の理由と、分析:
殻にひびが入っていたのは、1個だけだったに違いない。
いちおう保護パックに並べてあったのだから。
ただずる賢くて食い意地の張ったこのみは、これいい幸いと
ひびの入ってない卵も割って、2個分の卵焼を焼いたのだろう。

それから何年も経ち、このみはファッション関係に就職。
あの搗きたてのお餅のような顔を
別人のように念入りにメィク・アップして出勤するというので、
こないだ母と神田の最中をだしに狂言「附子」ごっこをして
ふざけていたので、また古い話を思い出して笑った。
で、この卵のエピソードに「このみのぶす」とタイトルをつけたしだい。
2005-11-06 [ Sun ]
石がそのまま落ち転がっているような急坂を上りつつ
心はいつか彼方へ飛んでいた
ゆきかう人たちと、私たちは
"dobry den!"(こんにちは)と挨拶をかわす
《こんな悪路、19世紀に馬で毎日往来したのかしらね》
《それが仕事だからね》
《てっぺんのオベリスクは、どうやって石を運びあげたんだろう》

適当な場所で踵を返す
"abwaerts ist der weg noch anstrengender"(下り坂のほうが大変よね)
突然、私の声がはっきりそれと聞き分けられる
"du haettest es nicht gesagt!"(言わなきゃいいのに)
灌木の向こうに煌く湖水に眼を射られたのか
膝が崩れそうになる
野生の桜が横枝をのべてくれているので
それに縋って体勢をとりもどす
〈下で待ってたほうがいいよ、すぐ戻る〉
〈すぐってどのくらい?こんなところに一人でいたくない〉
そう言ってゆるやかな裾を翻し
切り立った岩山を登りはじめたのは たしかに私だったのだ
桜の横枝に 柔らかい緑の衣
樹肌が温かく乾いているので
そんな言葉たちももう かたちのない風となって
耳もとを吹きすぎてゆく

あの日私たちが 熱い足をひたした小川は今日はなく
かすかに渇きを癒してくれた野苺もなく

昔日の少年がつくねんと腰を下ろした花崗岩の切石も
黙ってゆき過ぎる

すべては小さな柘榴石となって
爪先の向くほうを護ってくれる だけ
2005-11-04 [ Fri ]
川を渡るごとに稜線が近づいてくる
その懐に迎えられていくように
国際線の長すぎる滑走路をゆっくり滑っていく
炒りつけられるようでいて心地よい焦燥感が蘇る

急勾配を上りながら
私の名はこの湖のある光景にちなんだものだったと思い出す
湖をはるか下に望む山頂で氷滑りをしたとき
幼い妹と私は たしかに風の子だった
忘れていた 数少ない楽しかった或るひとこま
青年ワーシャが疾駆したのも この湖畔だった

船に乗りこんだときには 秋の陽はせっかちにも色を変えはじめていた
溶岩が盛り上がったまま緑を戴いた山々が
ふっくらと母の手のようなシルエットを見せる
その向こうからすべり落ちる逆光が 水面〔みなも〕にするすると流れ広がり
ワーシャと同じ瞳をもつ私は そっと眼を細める

どの山に登っても 私は必ず川を見下ろし
その銀糸を手繰って湖を探した
波間に身も心も浸す幻影
マルガレーテの母が足を滑らせた崖の突端に立ち 両腕を広げると
ひとはその姿をローレ・ライと呼んだ

どの峰からも 汀からも
私はちゃんと 家へ還る途を知っているのだ
2005-11-04 [ Fri ]
ふらりと逐電。
土曜の夜から1泊して・・・のつもりだったけれど
日曜お天気が崩れるというので、快晴予報の金曜に。
日光か箱根か迷い、何しろ前の晩(木曜・笑)思いたったので
少しでも近場と、箱根に。
混んでましたけどね(笑

何のあてもなく、何も考えず
ひたすら杉の香りを吸いこんで、早まった紅葉を虚しく探しながら
(ネット紅葉情報の大嘘つきぃ!!!)
芦の湖畔を歩く。
・・・のはずなのに
携帯のアンテナがちゃんと立っているか、時々確認する自分が
いじましい(苦笑

「これ・・・何の伝統工芸ですか?」
ほおずきのついた根付("traditional japanese art" という
ラベルを見て)を指して訊くと
「え・・・それはゼンゼン関係ないのよ。
ただ綺麗だから仕入れただけ。
伝統工芸は寄木細工だけ!」と
ゼンゼン商売っ気のない、あったかいおっかさん風の
寄木細工屋のおかみさん。
(甲州の印傳細工もありましたがな・笑)
ジモッチならではの紅葉予測をしてくれる。
あたし日帰りなんですけど(涙

お客と今ひとつ噛みあわないやりとりをしている、
土産物屋兼定食屋のおかあさん。
お客は50前後の男性と、80すぎとおぼしき男性(後ろ姿)。
親子というには2人の間の空気が今ひとつなので
なんとなく観察していたら、
若いほうの男性は安物の青いチョッキと、胸に名札。
たぶん時間契約のタクシー運転手と観光客。
で。
そっちのカップル!
箱根へ来て(小田原も近いんだから)、
揃って海老ふりゃー定食はないでしょう。
観光マップと生ビールのポスター、
有線らしきオンリー・ビートルズ・ナンバー。
垢抜けない盛りつけのわかさぎ定食、じんわりおいしゅうございました。

それから遊覧船に乗り、
旧街道の (s)石畳(/s) 岩山ごろごろと杉並木じゃりじゃりを歩き、
のんびりしすぎて、湖尻まで足をのばさないうちに日が暮れて
きてしまう。
雲も出てきて、夕闇が早い。
ここから直接小田原に出て帰ることにしたので、
バス・ターミナル近くの露天風呂へ。
暗くなるにつれて、あたりに硫黄の匂いが漂ってきたのだけれど、
なるほどしっかり硫黄泉。
つるつるになったのが嬉しく、また明日も出動だとも思い、
ほんとのすっぴんのまま帰ることにする(打擲

着替えていたら、着信ランプが。
仕事だ! <これだからアンテナ確認は大切☆
電波状態のいいところを探したら、
まだ入っている人のお湯の音を聞かせるはめに(笑
仕事をふってくれたのが親しい知人(女性)でよかった。

「箱根:なんかいいよね、箱根って」という銘柄/エチケットで、
「箱根はこのワインのぶどうの収穫地ではありません」と
わざわざその下に但し書きがあるのを 7-11で見つけ、
ノリツッコミが気に入ったので買う。
ありふれた「ポレール」という、輸入&国産ブレンドの
ミニ・ボトルですが。
・・・
小田急の急行に乗り換えてから、さっきまで
白くてすべすべだった手が変色しているのを発見。
さらに乗換で、鏡に映る自分の顔を見て納得。
汗かいて歩き回って、温泉でへのへの・ふにょふにょになって、
なのに(軽い夕食に donq のパンはふたっつ食べたけど☆)
ロマンス・カーの中で呑んだんぢゃないの。グラス半分量くらい(笑

帰ってスケジュールを確認し、微妙な点があるので知人にメール。
でもこの仕事欲しい。今後のとっかかりに。
とはいえ、クライアントの返事を待つしかない。

ともあれ、「探し」だしてもらえて感謝 >えつこ様々
生命の洗濯もきれいにすんだので、
     <ほんとは韓国や台湾に行きたい~~~(駄々
また (s)月曜(/s) 日曜からがんばろう☆
2005-11-03 [ Thu ]
以前後半を見逃したドラマの地上波再放送にやっといき会う。
最初の部分を朝の2度寝で見過ごしたが(笑
本筋に入る前に運よく目覚める。

第2次大戦でシベリアに抑留された日本人軍医と
ルーマニア人捕虜の友情の物語。
(ルーマニアと第2次大戦の関わりは、私も知らなかった)
ドイツ語ができるというのでアナトーリアはトシオに親しみをもち、
お互い片言の外国語で身の上を語りあい、
アナトーリアは許嫁の指輪をトシオに託す。
そこに流れているのが、ドイツ人捕虜が手製のヴァイオリンで弾く
(やはりアナトーリアに教えられた)『望郷のバラーダ』、
ルーマニア独立運動時代の曲。

『バラーダ』のことは高樹のぶ子『百年の預言』で読み
(というよりそれが目あてで、あまり得意でない女流作家の
作品を買い)、天満敦子の CD も買った <ミーハー
謎の楽曲を追い、楽譜を探して歩く設定は面白かったが、
やっぱり彼女の描くラヴ・シーンは好きになれない。
ドラマと小説の違い(しかも別の作品・笑)を知った上で
こちらのドラマのほうが安心して観られた。
(『百年の預言』の映像化作品も見てみたい気はする・・・
主演女優は誰がいいだろう・・・)

それから50年以上が経ち、ルーマニアではクーデタがおき、
トシオは高齢をおしてブカレストを訪ねる。
空港からの道すがら、通訳から簡単なルーマニア語を教わる。
大正生まれの日本人が、号泣と激しい身ぶりで
あられもなく感情を表す。

現代の映像は、NHK の取材カメラと渡辺氏のホーム・ヴィデオによるもの。
ぎこちないカメラ・ワークや割れた音質が、
かえってこんな場面には似つかわしい。

さて。こちらも「外国語」で友情をかわした仲間たちは
どうしているのかしらん。
インドネシア人の友人からは、最近時々メールが来る。
ずっと気になっているのは中国人、
留学時代にいちばん印象の強かった、
ぃゃ外見は磁器のように繊細で楚々とした友人。
アドレスは知っているし、もしそれが変わっていても
なんとか調べる手だてはある。
まずはメールを出してみようか。
彼女ののびやかな筆跡を懐かしみつつ。
2005-11-01 [ Tue ]
最近足音が軽くなったのは
まさか身が軽くなったのでも
まして心が軽くなったのでもなく、
ただ空気が冷たく乾いてきたからだ
肘のまわりにまとわりついていた小さなつむじ風の冷たさは
全身を包もうとしているけれど、
足音が乾いて軽いので
陽ざしが透いて暖かいので
心は穏やかに 次の季節へ向かおうとしている
メィン・ストリートから小路〔ガッセ〕へ
気の早いクリスマスのようなイリュミネーションは柔らかく宵闇に滲み
土や樹皮や 枯葉の香りが
何もかもふり棄てて空へ還ってしまいたい衝動を
優しく大地に繋ぎとめてくれる

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2005-11

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