journal in japan

記憶の中の詩

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2006-02-27 [ Mon ]
こないだの『アクターズ・スタジオ・インタヴュー』では
ジュリエット・ビノシュが答えてました・・・

1.好きな言葉
その人となりが感じられる、心のこもった言葉
「ありがとう」

2.嫌いな言葉
人を裁いたり斬り捨てる言葉
「ありがとう」「ごめんなさい」を言うべきときの「すみません」

3.ときめく言葉
「1等当選おめでとうございます。
副賞は高度1万mからのバンジー・ジャンプか
ロシアン・ルーレットを選べますが、どちらにしますか?」

4.めいる言葉
すぐに思いつかなくっていっしょけんめ思い出そうとしたら
それでも思い出せなくて気が滅入ってきたので無回答(爆

5.好きな音
教会の鐘

6.嫌いな音
電子音、単調な機械音
嬉しくない用件のときの電話は、ベルの鳴り方でわかる(ホント
足音や、チャイムやノックの音とかでも。

7.好きな悪態
「すっとこどっこい!」「極楽トンボ!」

8.他に就きたかった職業
10年前にも聞かれたときと同じかも・・・彫刻家
(きっと生まれ変わらないと無理だと思うので)

9.他に就きたくなかった職業
政治家
(政治家という職業も、私に就いてほしくないだろう・笑)

10.天国に行ったら神様になんと言うか
「ただいま」

↑なわけで、深夜 TV がネタもとなのでもともとバトンではありませんが
よろしかったら皆さんもやってみてください。
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2006-02-25 [ Sat ]
神は優しさの深淵にほかならず、眼を閉じ、両手を開いてそのなかに
落ちてゆけばよい。すべてを損うのは、まさにその反対のことをおこなう
場合である。すなわち、眼を開き、神でないなにかつかまれるものに
すがりつこうと、両手をこわばらせることである。(G.T.)

そういえば、「人が死ぬために来る」都会で手を顔に当てている人が、
その手をはずしたら顔には眼も鼻もなかった---という光景を描いた
「『手』の詩人」も書いている。
人間は昔、天を仰いで両手を広げ、胸を開いて神に祈っていたのだと。
それがいつしか頭を垂れて手を組み、胸を何かから庇うようにしてしか
祈らなくなってしまったのだと。

クラクフの司祭K.J.W.は1970年代末ペテロの座に推されたとき、祭壇の前に
両手を広げて伏し、ひと晩じゅう祈り続けたという。それは「十字架のキリストと
同じ姿」というだけでなく、絶対存在の前に全身全霊を投げ出した、
信頼の身ぶりではなかったか。
(大地が天に通じるという世界観が元来キリスト教的でないとは、
どうか突っこまないでくださいまし・笑)
K.J.W.---つまりJ.P.Ⅱをまぢかでも見たことがある某知人は、「彼は
やはり自分たち西ヨーロッパ人とは違う、精神的にもスラヴ民族だ」と評した。
いわく「あんなに大地に跪いたり接吻する教皇を、今まで見たことがない」
「手」の詩人の大きな宗教的転機となったのも、ロシア滞在---ロシアの大地の
体験であった。
老婆を殺めた青年に、接吻によって贖罪をもたらしたロシアの大地の。
2006-02-24 [ Fri ]
2003年夏、G...のB.家に3週間お世話になった。
まったく赤の他人、しかも初対面の外国人(お互いさまだが・笑)の
家にスティするのはほとんど初めてだったが、60前後の飾りけのない
夫婦で、私は息子たちが使っていたという部屋で子供のように過ごした。
夫のWil...は一見無骨な大男だが、じつに気配り細かく、朝食から何から、
私のめんどうを見てくれるのはもっぱら彼。
(「専業主夫」ではない。2つの職場で責任あるポストにつき、
明け方から夜中まで働いている)
妻のWie...は朝早く出勤するか、でなければ遅くまで部屋から出てこない。
かりそめにせよ同居人としてはすれ違いが心苦しく、私はなるべく毎晩
彼女とTVを見ることにした。
仕事仲間と夜のカフェでお茶をして帰ってくるとほぼニュースの時間で、
「通訳の勉強をしているから、シャドゥイングやメモの練習をさせて」
という最初のふれこみだったが、ほんとうは何の番組でもよかったのだ。
居間をのぞくと彼女はポテト・チップスならぬクッキーの丸缶を抱えこんで
krimi(サスペンス)に見入っており、私は「チャンネルそのままね」と言って、
自分のハーブ・ティを淹れてくるのだった。
「母も krimi が好きだから、なんだか実家に戻ったみたい」と。
どこの国でもTVの krimi はいかにも粗く安っぽく、映画に私が期待するように、
映像や音楽にひたることもできない。
ただそれだけに、仕事で疲れた心身の表面を通り過ぎていくだけのものが
安楽で、ふだん日本でドラマを見ない私は、ひたすら働きとおした母の
サスペンス好きがわかったように思った。
---いかにも脂ぎったくしゃくしゃの中年男が、だみ声の南部訛で電話している。
私がぶぶっと吹きだし、Wie...は外国人の私がそんな反応をするのが可笑しいと、
声をたてて笑う。
舞台は北の港町。
今いるのも北部の商都(近世以降大学町)、私が暮らしたのも南の港町だが、
TVに映っているのは中世から商業で栄えた、この国指折りの100万都市。
ひとけのないメィン・ストリートもうらぶれた安アパートも、静かな古都とは
まるで別世界だ。
途中から見はじめたストーリーも、滑舌も発音もブロークンな台詞まわしも
すべて表層を流れるにまかせ、ただWie...と時間と空間だけを共有する。
それから部屋にひきあげ、S.H.のハード・カヴァーを開いたまま眠りに落ちるのが、
その夏の私の日課だった。
翌朝Wil...と互いの気配をうかがいながら、「おはよう」と
3人分の食器の並んだ食卓で顔を合わせるまで。
2006-02-21 [ Tue ]
この間男子フィギュアで、エフゲニィ・プルシェンコを観た。
演技のみごとさは言うまでもないが、はっとしたのはそのあと。
満場の喝采に応えながら、ロシア十字を切っている。
幾度も幾度も。
何年も前サンクト・ペテルブルクのワガノワ・バレェ学校の特集を
TVで観たとき、プリマ・ドンナも舞台の袖でロシア十字を切っていた。
彼〈女〉らにはごく日常のしぐさなのだろうし、
私も十字を切れといわれて自然に手が動くのは、ローマ式でなくロシア式だ。
待機席で得点を待ちながらカメラに手を振ったり投げキスをする
プルシェンコは、普通の美しい若者だったけれど、
私がはっとしたのはまだまだあと。
金メダルが確定し、リンクを回ってまた観客に愛嬌を振りまきながら、
彼は指先で氷に触れ、その指にキスし、十字を切って
周囲に大きく手を振った。
幾度も幾度も。
とりわけ1度めのそのしぐさは、まさしく氷にじかにキスしたのかと思うほど
大きく屈みこみ、跪かんばかりだったのだ。

ワーシャは小さい孫娘にお祈りや歌を教えることには厳しすぎるほど熱心でも、
ロシア人たちのように教会の床やイコンや十字架にキスさせることはしなかった。
彼がしている姿も記憶にない。
ワーシャをここで見送ってから、自分でもロシア人のようにしてみようと思うのだけれど
跪いて床にキスすることはもちろん、
床に指で触れるしぐさも、イコンや十字架に触れた指先を唇にあてるしぐさも
ひどくぎこちないのを、私は自分で知っている。

どこかで、教えてないしぐさをする私を訝しむ祖父の眼を気にしているのかもしれない。
2006-02-16 [ Thu ]
傘は持っていたけれど、霧の雨が身を浸すままに歩いた。
昔泣きたくなると、この街のなんの変哲もない道々を
あてなく歩いた。
ある季節、すい寄せられるようにこの街に棲みついたのは
跳ねまわりたい時ばかりでなく、うちのめされて倒れたきりでも
ここなら生きていけそうな気がしたからにちがいない。
空の藍はそうこうするうちにも少しずつぬけあがってゆき、
厚白く覆う雲ごしにもフェード・インしてくる朝の光が
知らぬまにふくよかに身じたくを整えつつある
桜の蕾を黒々としたシルエットに描きだしていた。
並木道の黒い樹々はそうして幹も枝もいっぱいに広げて
陽ざしも雨水〔うすい〕も人間より先に、ひとすじでもひとしずくでも
多くその身にうけようとして、新しい季節の準備をしているのだ。
なおも歩くうちにすっかり明けた路地の角には
きらめく露をすずなりにした蝋梅が清冽な香気を放ち、
1羽の雀がひとかどの告天使でもあるかのように高く囀っては
その声が柔らかにはりつめた空気に弾きかえされてくるのを楽しんでいた。
2006-02-13 [ Mon ]
ふと路地を曲がったら、鼻先に護岸壁が立ちはだかっていた。
両側は小さな問屋の雑然とした店先。
護岸を這い登る急な狭い階段のてっぺんに
釣り用貸しボート屋のぺらぺらの看板。
心惹かれる被写体をいくつも通り過ぎてきたあとで
この光景はぜひ切りとって持って帰りたかったが、
まずは用事の場所へと急いだ。
小一時間後、セミ・オートながら愛着のあるフィルム・カメラを
ケースから出しながら駆け寄ると、さっきと変わらぬ光景。
ただしすでに傾きすぎた陽はちまちました矩形の空間に
まだら煌く光でなくのっぺりと薄寒い影を流しこんでいて、
またカメラをしまってエスプレッソ・ドッピオを飲みながら
家路につくしかなかった。
ありがとう。また来るからね。
2006-02-09 [ Thu ]
暮れにうっかり大事なものを買いそびれた。
干支の土鈴。
毎年小さなものを飾っている。
松の内を過ぎても1年間ずっと飾るものだから、
他のものよりていねいに選ぶし、
他のものより新しい年を迎えるのを楽しみにさせてくれる。

それをのがしてしまったのだ。
年が明けると、瀬戸物屋や和風小物の店にも
もう干支の土鈴は並んでいない。

思いたって、ある名物の縁日へ行ってみた。
何度か行ったことはあるけれど、いつも寄るのは
薬味や箸(南天の箸も縁起ものだ)の店で、
土鈴を売っていたかどうかまったくわからない。

仕事の用をすませ、カルメ焼や甘酒の匂いにとろけそうになりながら、
匂いをたてていない細工物の屋台に眼を走らせる。

あった。

ころころの犬っころに梅の柄をあしらった、愛らしいデザイン。
大中小とあり、毎年飾っているサイズに合わせて「中」を選ぶ。
上代700円。
「800円前後」と目星をつけていたので、にんまり。

売り台の前にしゃがみこみ、犬と同じ眼の高さで選んでいたら
金屏風の前に飾られた大きな土鈴の前に、
もいっぴき子犬がいるのと眼が合った。
小さな赤い座布団をあてがわれて、ぽつねんと座っている。

「これは?」
「あぁそれは、もう1個しかないんです。
箱もなくってね。
でも可愛いでしょう?」

ふと迷った。
縁起ものだから、1つ買えば今年はもう充分。
でもこさえものとはいえ犬を---しかも愛しのタンゴっこのように
「最後に残った1匹」をそのままにしていくのにしのびず、
これも「うちの子」にすることにした。

おばさんが見事なネィル・アートとビーズの指輪で飾った
働き者のふくよかな手で幾重にもくるんでくれたのを、
その日は夜も用事があったのだが、
気をつけて大切に連れて帰った。

今年の恵方は、南。
南側の机の上に、2匹並んでひなたぼっこしている。

あと、初釜の頃に母がくれた縁起ものは、
虎屋の羊羹「千里の風」(限定品)。
ずっしり重く、虎の斑状の模様がみごとだ。
こんなにあっても(虎屋のはしっかり甘いので)
なかなか食べきれないし <食べきったらコワイし
実家と山分けしようと言いあいつつ、そのままになっている。

ところが母は、早く切れ切れとうるさい。
切ると「千里の風」が吹いて、吉兆が訪れるのだという。
じっさい、贈った1人にいいことがあったらしい。
(あーた、見境なく縁起かつぎまくって
それでも代々のクリスチャンですか?・苦笑)

節分の頃にようやく干支の土鈴を買ったのは、
些細なことをこんなに気にしてくよくよするぐらいなら
見つかれば飾ってすっきりしたほうが
精神衛生上いいと思った、から。
でも確かに、その直後に(とりあえず)朗報が1つ
入ってきたしなぁ・・・

そんなふうにうだうだ思いつつ、
羊羹は包装紙もそのままに、DK に転がっている。
切ったらどんないいことがあるのだろう。
アラディンのランプのように、
願をかけながら包丁を入れるってありですか?
その前に・・・いったいどんな願をかけようか・・・
2006-02-02 [ Thu ]

アブラハムと3人の客

旅人をもてなすことを忘れてはならない。このようにして、ある人々は、
気づかないで御使たちをもてなした。
(ヘブル13:2)

『わたしの父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために
用意されている御国を受けつぎなさい。あなたがたは、
わたしが空腹のときに食べさせ、かわいていたときに飲ませ、
旅人であったときに宿を貸し、裸であったときに着せ、
病気のときに見舞い、獄にいたときに尋ねてくれたからである』。
そのとき、正しい者たちは答えて言うであろう。
『主よ、いつ、わたしたちは、
あなたが空腹であるのを見て食物をめぐみ、
かわいているのを見て飲ませましたか。
いつあなたが旅人であるのを見て宿を貸し、
裸なのを見て着せましたか。また、いつあなたが
病気をし、獄にいるのを見て、あなたの所に参りましたか』。
すると、王は答えて言うであろう。
『あなたがたによく言っておく。
わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、
すなわちわたしにしたのである』。
(マタイ25:34-40)

Abraham met zijn drie gasten(アブラハムと3人の客)
http://www.theunis.nl/Marc%20Chagall.htm

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