journal in japan

記憶の中の詩

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2006-04-28 [ Fri ]
ヴィム&ドナータ・ヴェンダース 写真展~尾道への旅
 http://wenders.jp/

あーはいはい・・・(笑
『東京物語』の面影を
バブル最盛期の80年代トウキョウに虚しく求めた
『東京画』は、けっこう好き。
 http://www.wim-wenders.net/movie/tokyoga.html

ラリョーサの京都写真もそうだったけれど、
自分は日本が好きだ、日本を理解していると思っている
ヨーロッパ人の眼ざしは、当然ながら
ヨーロッパ人とも、そして日本人とも違っていて興味深い。
唐招提寺を東西の写真家数人が撮ったグループ展
(日本からはなぜか荒木経惟が参加)で
ヴェンダースの作品を見たとき、
ラリョーサのスナップたちを思い出した。
(倹約のため、ヨーロッパへ帰るユーロチカにフィルムを渡し、
しかも「印画紙はゼッタイ!Fuji 以外は認めない。
日本の色は Fuji でなきゃきれいに出ない」と厳命したもの・苦笑
その甲斐あってかヨーロッパ人たちを大いに感動させ、
みんな感激して順番をめちゃくちゃにしてしまったために
再整理して焼増し注文がほとんど不可能になってしまったという
代物---今さらだけどホントですかい・爆苦笑 >ユーロチカ)

(まったく関係ないが、ラリョーサはソルヴェイグ・ドマルタン
-『ベルリン・・・』のサーカスの天使マリオン-に
どことなく似ている.
『東京画』の編集にドマルタンが関わっていると知り、
あらためて思い出した)
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2006-04-21 [ Fri ]
20代半ばころ、素人手相見をしてもらったことがある。
「あなたは」その人は顔を上げて言った。「ご両親と早く死に別れてらっしゃいますね」--「あの...うちの両親は、2人とも健在です」--「そうかも知れません」したり顔。「実際の生死には、関係ありません。精神的に、早く親と別れる相です」
私は笑った。
自分では手相を見ないし,それがほんとうに当たるのかも、さほど興味はない。言葉づらだけから推測すれば、「家族の縁が薄い」というのを、婉曲に言ったものだろう。
ともあれ初対面の人に図星をさされて、私は笑った。
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2006-04-20 [ Thu ]

今頃あのへんは、山吹がきれいでしょう。

そう、あちらこちらに鮮やかな黄色の花が。
それから、桐。
どこからでも見えるほど
幹も、枝も、花もぴきんと上を向いて
カーヴを曲がるごとに谷の下から、
川のほとりから姿を現す。
薄紫の花が咲くのはもうすぐ。

でも、鉄道の向こう側の釣鐘型の山には
けっきょく上らなかった・・・
2006-04-20 [ Thu ]

最近ずっと気になっていた、ハナミズキと同科の木の名前と、
http://www.asahi-net.or.jp/~db3t-kjmt/kigi/sansyuyu.htm
http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/cornaceae/sansyu/sansyu.htm
白が美しい桜の品種はやっと確認。
ハナミズキと同科のサンシュユ(山茱萸)は、もう花は終わったようだ。
ガクはきれいだけれど・・・あとは秋の実が楽しみ。
八重と枝垂れのいろんな種類は満開で、そろそろ染井吉野のガクといっしょに
降りはじめた。
今日お昼すぎまで吹き荒れていた大風、さぞかし狂おしい花の嵐だったろう。
で、白い大島桜が満開。まだしばらく楽しめるだろう。
2006-04-16 [ Sun ]
Pirosmani: Easter-Lamb

(Niko Pirosmani, "Easter-Lamb")


屠られた子羊、自身の血によって私たちを神に贖って下さった子羊こそが、
力と、富を、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美とを受けるにふさわしい。
御座にいます方と子羊とに、賛美と、ほまれと、栄光と、権力とが、世々限りなくありますように。

アーメン

(ヘンデル『メサイヤ』;ヨハネ黙示録5:12-13)
2006-04-15 [ Sat ]
いつどこで買ったか思い出せないのだけれど、
台所に転がっていたボックスボイテルのボトル。
\1,680,- という値札は、通常価格の半額。
(ふつうはどんなに安売りでも、\3,000,- はぜったいに下らない)
その値段と、「甘口」とボールペンで手書きしたシールに惹かれたのだろうが、
「甘口のフランケンなんて・・・」と思い、ずっと転がしておいたもの。
(産年は1993・爆)

いつまでそうしておいてもしかたないので、ゆうべ開けてみた。
コルクはちょっと古くなっていて、割れたりコルク抜きに食いこんだりしてしまう。
ミュラー=トゥルガウのシュペートレーゼ。
・・・甘すぎる・・・
これはフランケンではない。
ぶつぶつ言いながら飲んでいたが、
そのうちこれはこれでいいかもと思いはじめた。
澄んだ薄黄色はいかにも春らしく、
ほんとの安物の外れワインよりは雑味がなく香りがいい。
     <そんなのと比べるなって?(笑
     <これはとりあえず銀メダルものなんだから(笑

知人が yellowtail を買って開けてみたら、
赤を買ったつもりだったのに白だったという。
酒屋さんも絶対的自信をもって「赤です!」と言いきったのだと。
私もお店で見たことがあるけれど、エチケットを一瞥して
特にアピールしてくるものがなかったので手をのばさなかった。
その話を聞いてもう1度見に行ってみた。
・・・ゃ、それ、あっちゃいけないことだわよ。
種類は3つ。
首のところのラインが赤いのが1つ、黄色いのが2つ。
その下に---ぶどうの種類が書いてある。
 赤:cavernet-sauvignon
 黄1:shiraz
 黄2:chardonnay
(サイトを見たら、あと赤ラインで merlot がある)
知人は私よりさらにワインに疎いようなのでしかたないが、
詳しい人やプロが見れば赤2つと黄1は赤ワイン用、黄2は白ワイン用の品種だ。
それに黄1は遮光ボトル、黄2はそれよりやや透明なボトルに入っている。

で、我が家のフランケン。
そんじょそこらの酒屋にフランケンは置いてないし、
たぶんそれなりの店で買ったことは確か。
店ではミュラー=トゥルガウ種の
(1-2度だけみんなで開けたことがあるが
個人的には勘弁願いたい、かのマドンナのリープフラウミルヒもこの品種)
フランケンということで、1本開けてみたのかも知れない。
で、間違って買うお客がいないように「甘口」とシールを貼ったのだろう。

う~ん、やっぱりプロってそういうもんよね。
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2006-04-13 [ Thu ]

店先に皮つきの筍が出回りはじめた。
地元産だがごろんごろんの椎茸を手に入れたので、
筍もと張りきって駆けつける。
・・・と、軒並み品切れ。
夕食前の買いものラッシュ・アワーだったこともあるが、
TV の健康番組で紹介されたらしい。
しかたなく、朝どりを皮つきで蒸したものの半片(絶句)を買う。
それで気勢をそがれてしまい、椎茸や途中でしいれた山菜は後日に。
もう缶詰の白アスパラを食べられないのとはちょっと違うけれど、
せめてシーズンくらいは新鮮なものを楽しみたいのだ。
週末に賭けよう(笑

それでかえって吹っ切れて、「甘口」と日本語で手書きのシールが貼られた
フランケンを開ける気になる。
93年産だが、好奇心にかられて(通常の半額だったし・笑)買ったもののずっと放置していた。
長く放置しすぎて、どこで買ったのかも思い出せない。
万が一 dissapointment だったときのために(いちおう銀メダル受賞もの)、
安物だがイタリアのシャルドネも急いで冷やす。

短冊に切ってソテーし、バルサミコとだしつゆを合わせた e.v. のドレッシングをふる。
皿は織部風。
ナンチャッテだらけのとり合わせの中、ボヘミアン・ガラスのグラスだけが正真正銘の本物。
コルクはちょっと古くなっていて、割れたりコルク抜きに食いこんだりしてしまう。
ミュラー=トゥルガウのシュペートレーゼ。
・・・甘すぎる・・・
これはフランケンではない。
蒸した筍はさすがに水煮とは違い、苦味が香って鼻に抜ける。
ほんとうはやっぱり辛口に合わせたかったが、
ワインの甘みをほどよく和らげてくれる。
それにさんざ文句を言いながら、半額だったとはいいながら、
澄んだ薄黄色はいかにも春らしく、
ほんとの安物ワインよりは雑味がなく香りがいい。
ほぼ通常価格で買ったシュペートブルグンダー(トロッケン)はまだあるし、
実家にもまだ、フランケンが何本か秘匿してあるはず・・・
いい白アスパラが出回るのは、もう少し先。
たまにはソース・オランデーズを作る手間も楽しいかも。

山菜、筍、白アスパラ・・・辛口の白ワイン・・・
和洋折衷ながら、早春から初夏への楽しみ。
ご機嫌で国際電話をかけないように、それだけは注意しなければ(笑
(ごめんなさい、今酔っぱらいたけなわです・照)
2006-04-12 [ Wed ]
窓の中で耳だけすませていると
竹刀が乱れ打ちでもしているように聞こえた雨脚が
少しずつ間遠になっていった。

折りたたみ傘をきちんとたたみ、
スカーフをバッグに入れて扉を出る。

急に湿りけを帯びた空気の香りに誘われて角を曲がる。

しっとり息を吹きかえした土の香り、草の香り。
足もとから立ちのぼる甘たるさは、菜の花の蜜。
頬から鼻先をくすぐっていく香しさは、
緑を吹きだした染井吉野の葉と樹皮。

ずっと向こうの風景に香りを添えているのは
連翹、海棠、山吹、紅木蓮・・・
まだ晴れきらない街を照らすのは
あれはなんの桜だろう、白と緑も鮮やかな楚々たる木々。

人は
桜は散ってしまったという。
お天気が悪くて嫌だという。
欲ばりな私は、そんなふうに世界を見ることができない。
すべての感覚で、
全身まるごと、
今を呼吸していたい。
そうでなければ生きられない。
こんな季節に。
2006-04-09 [ Sun ]
先日、同業の後輩の自宅を訪ねた。
いかにも「永遠のいとはん」らしく、
シンプルながら可愛らしいインテリア・センスだったが、
洗面所を借りて激しく共感。
こんなところにまで、本や雑誌が並べられているのだ。

「ありとあらゆる段差部分にはこゆもの置いちゃうのよね」と言ったら
同感の笑い。

ヨーロッパ人の親友宅は、台所の食器棚にも
地下室の収納スペースにも、本やファイルが大増殖してました/ますけどね(爆

で、古い古いログの再掲。
改めて読みなおしたら、常連さんたちとのコメントの応酬も
同病相憫笑しまくりなので、一緒に載せます・・・

***
「インテリア」
2000/09/23(Sat) 02:08:29

私ね、インテリア雑誌見るのがとっても好きなの。あー自分の住んでるのとおんなじスペースで、こんなに快適に暮らせるものなんだなぁって。で、夜中に突然模様がえ始めたり。
でも、ある時気がついたのよ---雑誌のグラビアには、本がない!
そりゃぁね、「インテリア」程度には写ってるわよ。4-5冊くらい。
でも私の部屋みたいに、本棚からは葡萄か林檎のようにたわわに実り,床からは茸か筍みたいににょきにょき生えてるのなんか、どっこにもないの!

ある編集者の友人の言葉.
〔「類は友を呼ぶ」のか、マスコミ関係やもの書き,本の虫の知人友人は、少なくない.彼女のこの述懐を聞いて、そんなのばかり集まっていた女友達連中は、嬉しくてわっと湧いた.
SOHOばかりを集めた、英語の写真集を持っている.自分の部屋もそんなふうに仕立てたかったのだが、アメリカの、土地も資金も豊かに持っている写真集のモデルたちに比べ、東京の賃貸では、参考にするにも限界をみるのは早かった〕

--
m> ある時期から、本やCDを処分できなくなった。昨今ブームの「捨てる!技術」を逆でいく、わけではないが。
たまに「発作」を起こすときは別として、昔ほどやたらに買いこまなくなった代わり、「ハズレ」が減ったのである。今あるのは、どれも「手放すわけにはいかない」「手放したくない」ものが、ほとんど。
「それはあなたが自分をよく知って,自分を大切に生きてるからだ」と、ある友人が言った。
あながち、外れていないかも知れない。この友人も含め、「手放したくない」人間関係も、並行して増えてきたから。量より、質が。
それでも、やはり「身辺整理」の必要には時々かられる。とりあえず今は、本を50冊処分するのが目標。 (2000/10/19(Thu) 17:35:13)

--
ta> 引っ越しが多いと、その時にたいして必要のない家財道具は「かれこれどのくらい使用していない」という目安で捨てられるが、本やCDは分別判断しなくては成らない。最近読んでいないからいらないというものではないから。かくして取りあえずすべて梱包、引っ越しの度に持ち歩 (2000/10/20(Fri) 20:09:42)

--
m> そぉ、本やCDじたいが増えるだけでなく、他の家財道具に対して、本やCDの占める割合が増大するって面も、ありますね。
ちなみに他の生活用品は、「捨てる」というより「買わない」モードで、とっくに安定しております。(2000/10/23(Mon) 09:34:26)

--
to> 本もさる事ながら、毎月送られてくる学会誌の始末に手を焼いております。複数の学会に所属していると増殖のスピードたるや、そりゃもう恐ろしいものがあります。かといって捨てるに捨てられません。時々「そういえばこの話どっかで読んだな...」という事もあり、すぐに調 (2000/10/23(Mon) 22:57:08)

--
m> 雑誌類---あれも、困ったサンですよね。
本もさる事ながら雑誌もさる事ながら、まさしく今現在手を焼いているのが、原稿の下書き。「そういえばこの話、前のヴァージョンで書いたな...」ということもあり、最終脱稿まで1ページたりと捨てられません。何版もの原稿が、部屋に堆く------脱稿後、これをまとめて処分するのが、いっちばんの解放感なのですけどね。嗚呼、それまでまだ前途遼遠...... (2000/10/24(Tue) 07:09:49)

--
m> ひとまず、資料をちょっとだけ片づけた。
澁澤龍彦の蔵書は、2万数千冊だそうな。私ごときが文句を言っては、いけませんね。 (2000/11/24(Fri) 03:51:59)

--
m> この間10冊売却したが...... (6/7-17:09)

--
m> 時々「蔵書をすべて燃やす」という妄想に駆られる。
幸い妄想にすぎないばかりか、借りものの発想なので害はないが。
エリアス・カネッティの『眩暈』だったか?---アレクサンドリア図書館炎上の話。 (6/14-19:11)

--
m> 久しぶりに会った同僚との最初の会話は、夏休みの報告。
ふと言葉を切った私に、彼はニヤリと笑って「で...部屋が倉庫状態なんだ?」
その後激しく追い討ちをかける彼に私が終始笑顔で接したのは、
それはとりもなおさず、「僕の部屋とおんなじ」という行間を読みとったからに他ならない。
というより私に追い討ちをかけつつ、彼自身が自分の部屋の状態を愚痴っているのである。 (10/7-18:46)
***

ふぅ~。
で、最終書込からたぶん4年半ほど経過した現在、
本は30冊ぐらいは処分したかも知れないけれど、
それ以上に増えた分が新たな頭痛の種になっております(嘆
2006-04-05 [ Wed ]
うららかな春 青める柳のもとで
女がひとり 波に身をゆだねる
急流を劈いて 舟びとの舵をとらえた
その声ももう 歌うことなく
ほんのかすかな漣に
柳の若枝が その頬をふちどっていく
まだわずかに冷たい風が
大河へ海へと その身を揺らしていく

o mio padre Johannes Nepomukus!

ふいにどこからか声がして
橋のたもとに佇む人が
俯いた額を そっと上げる
悲しげな指をゆっくりのばして
水面を漂う女に さしのべる

それから女は橋のたもと
ネポムク様の足もとに座って
舟びとや釣りびと 川遊びの子供たちを
日がな見守っている
低い声で 古い唄を口ずさみながら

あるとき ひとりの偉丈夫が 馬を駆り
橋を通りかかったが
ルーレは黙って微笑んで
その姿を見送った

Lure Ley, Lure Ley,
poiche eravamo tre!

(2005/04 再掲)
2006-04-02 [ Sun ]
少し早めに出たつもりだったが、
通過地点の桜の名所はどこもごったがえしていた。
週末なのだ。
花を楽しむゆとりもなく、渋滞にだけはしっかりつかまって
時間ぎりぎりに飛びこむ。
年度始めの会議。
解放されて、鏡の前で仕事用にひっつめた髪をほどく。

人ごみに呑まれない場所で、やっと花を愛でる。
染井吉野はもうずいぶん見たのだ。
山桜の楚々とした立ち姿。
寒緋桜の艶やかなうなじ。
蝋梅に似た黄色だが、ハナミズキの仲間だという(名前失念)
ガクが5本の指を突きだしたような花。
いいアングルが見つからなかったり、
バックの空がもう曇っていたりで、撮るのは諦める。
いい陽気のはずだったが、日が翳ると急に冷えてもきた。
はるか上空の、もう風に吹き散らされた飛行機雲の残骸が
夕陽をうけてあわあわと茜色の紗を広げていた。

帰ってくると、メィン・ストリートでは
満開の夜桜たちが両手を広げて出迎えた。

花の季節は、まだこれからなのだ。

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2006-04

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