journal in japan

記憶の中の詩

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2006-06-30 [ Fri ]
最後の1本と称する葉巻

灰皿に積みあがってゆく細巻

人それぞれの時刻表

待ち合わせ場所の指定は正確に

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2006-06-30 [ Fri ]
モノレールから見た光景は、思ったほどには変わっていなかった。
万博を中止し、再開発がストップしたせいだろうか。
ただ、昔ひどく心をとらえられた巨大な倉庫のような工場のような廃墟が
いったいどのあたりにあったのか、今はまったくわからない。

ただ進むごとに、古い記憶のかけらたちが曖昧な時系列で浮かびあがってくる。
やはり蒸し暑い日だったけれど、それはたしか残暑だったはずだ。

空港ビルを出て、スナップを撮る。
南の州都の空港を思い出す。
就航10年ほどの新空港は田園地帯に忽然と現れ、
あたりには不釣合いな肥料の匂いが、車の窓を閉めても滲みこんでくる。
それから北の古都の、夜は閑散とした空港。
お客の動きに合わせて内へ外へ大移動を繰りかえす、
アラブ系のタクシー・ドライヴァたち。
リムジンの窓に映った、満月と見まごう街路灯。
できうるかぎり「表玄関」の国際空港を避け、
時には双発プロペラ機で小さな空港に降りるのが好きだった。
「空港ビルを見たい」というのはとっさの理由で、
飛行機が離発着するのを見たくて来たのだ。
新国際空港でさえ土地の買収と滑走路の整備が進んでからは、
じわじわ焦らすような滑走と離陸の感覚は楽しめなくなったけれど。

べたつく空気を指で払いながら、展望デッキに立った。
西陽と機体の照りかえしと、湾の水面のゆらめきと靄の中で、
飛行機たちが飛びたった方向を教えてくれるのは、ジェット・エンジンの轟音だけだ。

ビルに戻りながら、昔はこうして、その日いちばん楽しくない場面へと
向かっていったことを思い出す。
ただ今日は都心へ戻るまで空腹をなだめられそうなのが、よかったと思う。

都心へ戻ったら、風がずいぶん乾いていた。
展望デッキのあの空気の肌触りは、やっぱり潮風だったのだ。
暑さでへばった私を、ラテンのカクテルと音楽が元気づけてくれた。

* * *
関連短編ログ:
みたび早春 M... - Franz-Josef Strauss
月はどっちに出ている
初秋 東京-東京国際(羽田)
W... - Schwechat
2006-06-29 [ Thu ]
桜並木がぜんぶこちらへ倒れてきそうな坂のほとりに
海があった。
ほてった足を浸してみる。
読めない文字のパッケージや
錆びた自転車のフレームが纏わりついてきて
美しい海 il mare bello の海中散歩とはいかなかったけれど。

この浅瀬を過ぎていけば
そこにはほんとうの海がある。
この小舟をずっと慈しみ護ってきた海がある。
羅針盤のその方位には
小さな紅い石が填めこまれている。
けっして水脈〔みお〕を失うことがないように。

sono la nave --- sei il mare.
2006-06-21 [ Wed ]
夏至の空は
いつまでも白く 白く
ただ魂だけが
どこまでも高く 高く
2006-06-20 [ Tue ]

ここもそうだった。
Sバーンの駅前から、並木道がのびている。
商店街や公共施設の奥には住宅街。
古い土蔵もちらほら。
そんな並木道 allee を抜けると街道筋につきあたる。
とりわけこのルートでは、街道に出る手前に
浄水場があたかも古墳のように、
縁どりに緑地帯を従えている。

浄水場やダムは私にとっては
「堰きとめられ矯められた生命」の謂いではなかったか。
まさしくジヴァゴとラーラの娘のように。
しかし sentimental な映像詩人が少女にバラライカを持たせたように、
囲いこまれていてもそれは水の在り処を土地に刻み
緑と風をはぐくむ存在ではあるのだ。

このあたりの街道では
深々とした緑地帯が車線を分けている。
これも、「矯められた生命」。
けれどこの上水路もまた何百年ものあいだに
土地の原風景となり、空をおおう街路樹が
今は濃いあおい翳をあたりに落としている。
私が生まれるよりずっとずっと前、この川は
無頼派文士の道なき恋の最終地点 station となったほどに
深く果てない懐を広げていたのだ。

風翔けるヨットのイメージを描くには
この浄水場も上水路も、ちょっとささやかすぎるかも知れない。
けれど---
ここでも、人は死ねるのだ。
〈百日紅の花にはまだ早い〉
だから、ここでは人は生きられるのだ。
〈やがて百日紅の花も咲くだろう〉
文士が聖ネポムクよろしく
この川と街道から遠からぬ処で、ここを守りつづけている。

先週の祥月命日をすっかり忘れていたので、
文士がこっそり呼んだのかも知れない・・・
2006-06-18 [ Sun ]

ことしの梅雨は陽性とかで、
関東では台風なみの大雨が降って寒いと思うと
30℃近い蒸し暑い晴れのお天気。
周りの人たちも、どうも疲れぎみです。

皆さんのところはいかがでしょうか。
ほんとうは夏のアフタヌーン・ティ用ですが、
ひと足先にラプサン・スーチョン、
蒸す日の一服にはお勧めです。
独特の香りも、ミルクを入れると
まろやかな香ばしさになります。

元気で夏を迎えられますように。
2006-06-18 [ Sun ]

水面が凪いでゐるのです。
漣をおこすには、子守唄を歌ふのです。
最後まで聴いたひとは死を得るのです。
最後まで聴けるのでせうか。
最後まで歌へるのでせうか。

空の蒼と水の藍のあひだ。
舟からそつと浸されるナイフ。
たちのぼる香り。

舟べりに小鳩が舞い降りるのを
待つとしませうか・・・
2006-06-16 [ Fri ]
暗闇の中で雨が降りだしたのを知る。
首の後ろを雨音が突き抜けていく。
脊髄をきりきりと捩じあげるモラヴィアの調べと違って
竹のささらのようなその拍子は
指を折って韻を数えつづける
存在をあとかたなく流し去ろうとでもするように。

乱れ打ちが止むと午後の青空。
暖かく乾いた風に乗って白い鳩が飛んでくる。
嘴にはオリーヴの小枝。
少年がどこかで歌っているのだ。
澄んだ力強い声で
言葉のないのびやかなメロディ。
ルフランのつもりかヴァリアシオンのつもりか
ためらいながら軽やかに滑りひろがっていくディヴェロップマン。
やがて鳩は歌いながらもっと遠くへ飛んでいった。
2006-06-15 [ Thu ]
スローでエコな「myすいとう」のススメ

私も持ってます、my 水筒。
通訳の授業中、通訳なり補佐なりするために立ち上がるとき
よくヘッド・フォンのコード引っかけて倒すので、安定性のために
こんどもっとおっきいのにいっぱいコーヒー詰めて持ってこうかと(嘘

あと、サーモ・マグもいくつも持っている。
starbucks でしょ、
でもスタバの(今は知らないが初期のは)保温・密閉性が今ひとつなので
お気に入りは excelsior cafe(ここも my cup 割引がある)でしょ、
それから e.c. の、車のカップ・ホルダに入る、細長くて持ち手のないの、
それから・・・・・・
my cup 割引があるからと買っても、自動車生活がデフォルトでも
ないかぎり、不定期出動の場所にまで、しかも電車で
my cup を持って歩くのは、けれどもあんまり実際的ではない。
(e.c. がいちばん近いのは、2-3ヶ月に1度くらいしか行かない
母校の図書館くらい・・・笑)
(ぁ、もう数年前、松本の e.c. で
東京から持ってきた保温水筒にコーヒーつめてもらったことありますが)

今もサーモ・マグでコーヒー喫みちう。
梅雨寒とはいえ、飲みものがすぐ冷めてしまうほど寒いわけでは
ないのだが、 <猫舌だし(笑
蓋がしてあると、機械や紙の上にひっくり返す恐れが少なくなってよい。
2006-06-07 [ Wed ]

帽子とスカーフだけでガードして外出。
気のせいか一瞬、ゴロワーズの香りをとらえる。
用事をすませ、ヴィーンじこみのコンディトライで
エスプレッソとチョコレート菓子でひと休みするつもりだった。
しかし小さな店の、さらに小さな喫茶コーナーは混んでいる。
柔らかい陽ざしの、きらめきだけを透かす木蔭の
ベンチが誘っていたので、サンドウィッチとカマンベール、
それに辛口のカリフォルニアを買って座る。
学生らしいカップル、年金生活者、
そして外回り途中のサラリーマン
 (けっきょく携帯電話で仕事の話をしている)
・・・1つのベンチに1人しか座らないので、
「満席」でもゆったりと静かだ。
ペーパー・バックは、いささかハードなドキュメンタリ。
けれど湧きあがってくる感覚も感情も、
しだいに鼻先に残るワインのフルーティな香りになだめられて
私の中で揺らいで溶けていく。
まもなく風が出てきて、いったんはしまったスカーフで
むき出しの腕と肩をおおうが、文字に集中できなくなってくる。
立ち上がったら、隣のベンチのおばあさんと眼が合った。
紫煙をくゆらせているが、もちろん(否この街では意外にも・笑)
ゴロワーズではない。
帰って、ラタトゥイユとトスカーナであっさりと夕食。
ベンチで読み終えられなかったペーパー・バックを相手に
さらにキヤンティを傾ける。
2006-06-05 [ Mon ]
 http://wc2006.yahoo.co.jp/hl?c=event&a=20060531-00000163-jij-spo

元ネタはこちら:
Ausser Schweini und Klose tote Hose

・・・というか・・・"tote hose" って・・・(苦笑
Klose と脚韻を踏んでいるのはわかるのだけれど・・・

(font Size=-1000) ヒント:中村主水が妻と姑に頭が上がらず、いびられていた原因(核爆
もうたぶん(謎笑)6-7年以上前、"Sueddeutsche Magazin" 誌が
某国皇太子の姿にこう書きこんだ写真を掲載し、
当該国の関係者筋が厳重抗議したこともある。(/font)

今回の見出しで気づいたことは、
"tote hose" はいっそ「すっとこどっこい」と超意訳してもいいのではないかと。
「すっとこどっこい」も語源は「ステテコどこ置いてきやがんでぇ」だと、
すばらしくも懐かしい下町江戸弁丸出しの同僚(たぶん少し年上)が
のたまっておられたことだし(爆
2006-06-04 [ Sun ]

天安門事件から17年。
香港返還からもうすぐ9年。

彼女はまるでプラハに戻ったテレーザのように
日々の現実だけに心を集めて暮らしているようだ。
「昔のちょっとエキセントリックなところはなくなって
すっかり落ち着いちゃった」と友は言うけれど、
私たちはもちろん、生き生きした彼女が大好きだった。

彼女の幸せが今度こそ
「厳」の上に堅く建てられたものでありますように。
2006-06-01 [ Thu ]
「君が代」替え歌ネットで広まる 斉唱義務への抗議として
「君が代」替え歌流布 ネット上「慰安婦」主題?〔産経新聞〕
kiss me〔反日の丸・君が代サイト上の替え歌と解説〕

ついでにこんなのも発見:
カトリック内部委 国旗・国歌拒否の要請文 全国の系列学校に送る
カトリック学校の日の丸・君が代・元号についてのお願い

私の中高はプロテスタントだったが、まさしく反日の丸・君が代・元号。
ついでに大学もミッションだった(政治的にはもっと穏健、というかたぶん体制派)
ので、中学入学以来式典の「日の丸・君が代」とはいっさい無縁。
中高ではヘンデル「ハレルヤ」コーラスが、
大学では弦楽アンサンブルによるエルガー「威風堂々」が式典の思い出だ。
で、いまだに元号にはなじめず、通訳の勉強を始めてから必要に迫られ、
やっと意識的に西暦と平成の換算方法を覚えた。
私学、特に宗教系の学校はこういう問題に関して自由裁量の余地があると
思っているので、自分の大学が大葬の礼の日に、周辺警備の警官隊を構内に
入れながらも試験を実施したという話には(6年間「非国民教育」を受けてきた
者として・爆)ををーと思ったし、現皇太子ご成婚パレードの際、沿道に聖歌隊が出て
(しかもガイジンの!)神父さん(どっかの学科の教授だ)の指揮で歌っている
TV 映像には頭を抱えた <たんにミーハー根性が恥ずかしかったのもある(笑
中高でも、特に(生徒に人気はあったし私も個人的に好きだったけれど)
「一部の極度に反動的な教師」(その1人は当時のカリスマ院長自身・爆)の
言動がときに極端に政治色を帯びすぎることにはついていききれない思いもあり、
今の私は、例えばどこぞの公立学校の教師にでもならなければ、さして思想信条的に
問題視されることもないだろう。
(そいえば教員免許、過去の取得者にも更新義務が課されるとかなんだとか・・・
どこしまったっけ・・・高校1級まで、しかも2科目とったのに・・・笑)
ただ某漫画家を中心とするキャンペーンのおかげで「ニッポン、チャチャチャ!」には
反射的に総毛だつようになってしまった。

仮に式典に出席する立場だとしたら・・・黙って神妙にしているか口パクですませるか、
せっかくならきれいにきちんと歌いたいのでちゃんと歌うか。
(東儀秀樹のアレンジによる「君が代」は美しい)
 (余談だがある教会でラジオ牧師風のゲストによる特別礼拝にたまたま出席し、
  カタマってしまったことがある。
  説教だけでも "o gimme a break!" だったのに最後に
  「さぁ、皆さん前に出てともに祈りましょう!」と大げさな身ぶりで叫ばれ、
  一気にトレランスの針が振りきれてしまった。
  私だけがじっと信者席に立ちつくしているので牧師さんはさらに何度も叫んだが
  私がどうしても動かない-動けなかった-ので、彼は諦めて祝福をした。
  -この祝福だってふつうにするなら、私は礼拝の一部として慣れているので
  なんの抵抗もないのだ-
  礼拝後、この教会の信者である友人の母親がそっと寄ってきて、
  硬い眼で真意をただした。友人は駅まで一緒に帰ったが-お茶ぐらいしたかも-
  何も言わず---ただその数年後、とんでもない大しっぺ返しをくらわしてきた。
  ま、相手だけでなく私も若かったてことで)

それは今の私にとっては、神道の儀式で柏手をうち、
カトリック教会でローマ十字を切るのと同じ、その場のしきたりに敬意を表し、
ritual をかりそめにも共有する、人間として基本的な態度。
ただ、生徒に指導しろと言われたらキビシそうだ。
個人的には、この替え歌もありだと思う。
この歌を強烈に批判したどこぞの大学教授(産経新聞掲載)は、
マリア観音の国の人とは思えませぬな。
(「宗教に寛容」-実際は宗教的に無知なだけ-な日本人が、
ときに他人の宗教感情を大きく傷つけ、それが死傷事件にまで発展してしまう
ことの背景には、宗教にかぎらず日本人が一般に self-irony や
自己パロディが苦手なことがあるのではないかと思う・・・)

卒業式で君が代斉唱を拒否し、生徒や父兄にも拒否を呼びかけた
都立高教諭が、実刑判決(罰金)を受けたという。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060530-00000033-mai-soci
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060323-00000184-kyodo-soci
この原告・検察側の求刑(懲役)理由も論理がおかしいし、
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060323-00000184-kyodo-soci
『国民の歴史』論争やその他の議論、
そして今回の「君が代パロディ」をめぐるいくつかのブログをみても、
いわゆる保守派の論理やそもそもの事実認識は破綻してるのじゃないかと
思わされることが少なくない。
(理屈が通ってさえいればいいわけでないのは、もちろん承知之助)

このログも何が言いたいのかわからなくなってきたが、
とりあえずはいくつかのリンクのメモと、
今までも今回も考えてきたことの、これも走り書きということで。

W杯が目前となり、こちらでも国歌斉唱が heikel なテーマになっているようだ。
Bild の記事ですが・・・
(親善試合で「ドイツは日本にスシにされた」って記事の元ネタ探してただけなのに・笑)

In den Nationalhymnen geht es um Tod, Waffen, Ruhm und Alpenfirn
Nationalhymnen Das singt die Welt bei unserer WM


Nur Poldi sang die Hymne nicht mit

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