journal in japan

記憶の中の詩

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2006-08-30 [ Wed ]

札幌&千歳周辺に親戚がいる。
終戦までは一帯の大地主で、千歳空港にもかなりの土地を
提供したらしい。
叔母の夫が札幌や北陸の中心都市に単身赴任中、
妻の実家(や、さらにその実家や本家)の姓を出すと
ビジネスが驚くほどとんとんと進んだという。

先週母に会ったら、どっさりと野菜を持たされた。
ボランティア仲間が自家栽培しているもので、
家でも食べきれないくらいもらってしまったのだという。
思い出して、地名のことを訊いてみた。
(ネットで調べたら、道内では釧路市の町名しか出てこなかったのだ)
「あぁそこは今、札幌の○○条よ」
母はあっさり答えた。
「藩の殿様が、一族郎党率いて開拓始めた拠点だからね。
今じゃ札幌の中心街よ」
ハイここから、19世紀よりさらに遡って、
家族史を延々語り聞かされるのが常。
それよりこの野菜・・・・・・
「ねぇおかあさま、昔も今も
自分で土地を耕す人が強いってことよね」
狙って痛点を突いたら、母はぶっと吹きだした。
「そうよ、それで戦後何もかも取り上げられちゃったんだものね。
私のおばあちゃんがいつも言ってたわ。
▽▽はうちの牧童頭が、うちから盗んでずらかった牛で
興した会社だとかね」
「牧童頭にしてみれば、盗んだなんてさらっさら思ってないんじゃないの?
自分がいっつも世話してる牛だって気持ちのほうが強かったんでしょ。
自分が夜逃げするからベコッ子も一緒に連れてく、それだけのこと」
「そうなのよねぇ。
とにかく自分の手にとって、きちんと摑まなければ、
なんにも自分のものだと思うなって、おばあちゃんの口癖よ・・・」
「はいはいはい」

濃い緑の野菜たちはどれも苦くて甘くて、
やたら蒸す戻り残暑に疲れた身体を力づけてくれた。
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2006-08-29 [ Tue ]

L.B. spielt F.L.

2006-08-25 [ Fri ]
朝から蝉が鳴き、昼の蒸し暑さは耐えがたく。
それでも驟雨のあとの涼気は
今までよりさらに肌に冷たく、
季節が過ぎてゆくのを告げている。
その移ろいを惜しみつつも、
待ち遠しかった夏から
待ち遠しい秋へ。
2006-08-20 [ Sun ]
ある日曜日、美術館へ行こうと開館時間を調べていたら
その日は常設展示が入場無料とあった。
常設展だけなら有料でも安いが、ラッキー!と思って出かける。
朝から照りつける陽ざしに、横断歩道と小さな橋を渡るだけなのに
ついパラソルをさしてしまう。

お目あては所蔵品をテーマごとに再構成した、小さな企画展示コーナー。
それでも特別展に来ると、たいていそれだけで時間とエネルギーを
使い果たしてしまうので、最初から順に観ていく。
人は少なく、好きな作品の前をうろうろしている人も珍しくないので
気楽なペース。
外国人も目だつ。
(日本人が少ないせいもあるのだろうが、
きっと混雑が嫌いで、入場無料が好きなのだ・微笑)
最初の企画展で沈没する。
大柄な欧米人男性が椅子を2つとも占領してカタログに見入っている
ので、床に座りこんでメモをとる。
こんなまねをしていても、奇異の眼で見られることも邪魔にされる
こともないのがいい。
近現代は面白いけれど、やっぱり私は中でもモダニズムというか、
表現主義周辺の作品がいいなと思う---仕事スペースに飾るなら。
と思っていたら、2番めの企画展でヤウレンスキー発見。
彼の代表作が、日本にあったのか。
意外と作品数が少なくてがっかりした靉光は、
来年早々大回顧展があるようだ。

2階の壁面総ガラス張りのホールから、宮城の深い緑が美しい。
なにか建物が見えるが、まさか外から覗けるところに御所はないだろう。
灰白色の和洋折衷の、ひっそりと気品のある建築。

(それから、最後の最後に解けた疑問:
「常設作品の撮影をご希望の方は窓口までお申し出ください」
---ヨーロッパのある記念館で、ふと展示品のひとつが気になり、
そこにいた職員に訊いたことがある。
「博物館で撮影なんかするもんじゃない」と屈強の初老の男は言い、
はしゃぎながら見学していた日本人の女子学生の集団が
いっせいに振りかえって白い眼で睨んだ。
「まぁ・・・いいでしょう・・・」
この職員も女子学生も、知らないのだ。
私がわざわざそんなことを訊いたのは、
展示品の所蔵先がはっきりしなかったから。
そこの所蔵品なら条件つき(フラッシュは厳禁、手数料を払うところも)で
撮影可、貸与品なら撮影不可。
私は何ヶ所もで、いちおうひと言断ったうえで、資料写真も撮ってきた。
(冷たく拒否された頭像も、貴重な資料になるはずだった・・・)
日本の展覧会で撮影禁止が大半なのは、ルーブルでも大英でも、
展示品をよそから借りてくるから、それだけのこと。
で、今日のここはどうなのだろうと思いつつ、自分の眼で観るのだけに
忙しくて、けっきょくカメラはロッカーに入れっぱなしだったのだ)

真向かいの新聞社のオフィス・ビルは、日曜日は全館休業。
次の用事もあり、メトロで目的地に着いてから休憩。
晴れた夏の夕方は、キャナル・カフェで気軽にくつろぐのがいい。
2006-08-19 [ Sat ]
日々創りだされ 流れさっていくものの
その先に
何が待っているのだろうか
きっとこれまでと同じように
せわしなく ぎこちないであろうなりわいの向こうに
なに色かの 色のない なにかのしるしが漂っている
もう少し近づかないと よく見えない
それが見えたとき それに触れたとき
潮は満ちているのか 干いているのか
後じさるのか
身を投げるのか
2006-08-15 [ Tue ]
 -または 森ゆく人々 die waldgaenger ~ボヘミアとモラヴィア 2-

違う、、、

8月15日にいたのは、3つの国境線が交わるボヘミアの小さな村。
首都から回っていったのだったか・・・
都会のカフェで見かけた中年の夫婦がこの村にもいて、
人懐こい笑顔を投げていった。
小さな記念館のゲスト・ブックに残された
フランケンの小さな町の高校教師の名前。
戸口の花崗岩の切り石に腰かけた
永遠の少年少女たちのスナップ。

"dobry den!" --- "dobry den!"
"na shledanou" も "dekuji" も、
ひとつ覚えで唇にまろばせる異国の言葉たち。

ほんとの国境の岩山の頂から
見下ろすボヘミアの森と川と、湖。
崖の上のローレ・ライ。
足もとには喬木林 hochwald の黒い湖。

野苺を摘んで後ろ手にさし出す掌。
道の端のせせらぎに浸す足。
唐檜のぼっくりや平たい石をおみやげに。

流暢な外国語を話す、狩小屋風旅籠の若主人。
小屋の裏の養蜂箱。
玄関の籠に盛られた茸たちの噎せかえるような香り。
毛皮のカーペットが掛けられた客室。
「鼾で眠れないから、アパルトマンに戻りたい」
針葉樹の蜂蜜だけを求めて帰った。
2006-08-15 [ Tue ]
 -199X年8月15日-

その日はたしかボヘミアの古都にいて
昼も夜も惜しんで、百塔の突きだす迷路のような路地を
あかず漫ろ歩いていた。
その夜は久しぶりに鼾の聞こえない部屋で
(階下は夜っぴて阿鼻叫喚だったろう・・・)
大きな羽枕に涙と忍び泣き声を注ぎこんでいた。
ため息も長いしっぽをひきずっていた。

翌朝、庭先のシェパードとポメラニアンを
撫でる手が優しく温かかった。

その夏疾けまわったボヘミアとモラヴィアの町々に野山に
帰途にはいつもまん丸な天穹がしっとりと覆いかぶさって
真黒い森々と溶けあっていた。
月の姿は夜々移ろい、ちゃんと磨いていない窓ごしにも
星の微かな瞬きは睫を、胸を震わせた。

アパルトマンの窓の下にあった
不思議な宿り木を角のようにたくわえた小さな木は、
なんという名だったか。
その窓から、仏蘭西製の紫煙をゆらゆらと上せていった
いくつもの夜---
2006-08-15 [ Tue ]
一人はあかりをつけることが出来た
そのそばで 本をよむのは別の人だつた
しづかな部屋だから 低い声が
それが隅の方にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)

一人はあかりを消すことが出来た
そのそばで 眠るのは別の人だつた
糸紡ぎの女が子守の唄をうたつてきかせた
それが窓の外にまで よく聞えた(みんなはきいてゐた)

幾夜も幾夜もおんなじやうに過ぎて行つた……
風が叫んで 塔の上で 雄鶏が知らせた
――兵士〔ジアツク〕は旗を持て 驢馬は鈴を掻き鳴らせ!

それから 朝が来た ほんとうの朝が来た
また夜が来た また あたらしい夜が来た
その部屋は からつぽに のこされたままだつた

(mit.Tat.「暁と夕の詩」)
2006-08-10 [ Thu ]
台風が去って
青空が見えて
喜んだはなから
夜空が曇って
霧雨が纏わりついて
あきらめていたら
魔法のように南の空が晴れた
灯を消し 帳をすべて開いて
花火の音を聞きながら
月がわたってゆくのを
それからずっと眺めて過ごした

〔葉月望月の夜に〕
2006-08-09 [ Wed ]
美しいものになら ほほゑむがよい
涙よ いつまでも かはかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立つた

つめたい!光にかがやかされて
さまよひ歩くかよわい生き者たちよ
己は どこに住むのだらう――答へておくれ
夜に それとも昼に またうすらあかりに?

己は 嘗てだれであつたのだらう?
(誰でもなく 誰でもいい 誰か――)
己は 恋する人の影を失つたきりだ

ふみくだかれてもあれ 己のやさしかつた望み
己はただ眠るであらう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬に溶けいるために

(mit.Tat.「暁と夕の詩」)

*「嘆けとて月やはものをおもはする かこちがほなるわが涙かな」
による本歌どり〔パロデイ〕
2006-08-05 [ Sat ]
大きな大きなめぐりが用意されてゐるが
だれにもそれとは気づかれない
空にも 雲にも うつろふ花らにも
もう心はひかれ誘はれなくなつた

夕やみの淡い色に身を沈めても
それがこころよさとはもう言はない
啼いてすぎる小鳥の一日も
とほい物語と唄を教へるばかり

しるべもなくて来た道に
道のほとりに なにをならつて
私らは立ちつくすのであらう

私らの夢はどこにめぐるのであらう
ひそかに しかしいたいたしく
その日も あの日も賢いしづかさに?

(mit.Tat.「萱草に寄す」)
2006-08-03 [ Thu ]
九日の月がするすると昇ってくる。
この窓は花火の方向をむいているはずだけれど
音だけがいつも聞こえる。
ぽんっぽんっとかすかに湿った、丸い響き。
足もとには虫の音。
刈ったばかりの草の香りがひんやり流れこんでくる。
ろうそくの炎がしりしりと空気を乾かしていく部屋には
グラスの音。
2006-08-02 [ Wed ]
was hat man dir, o du armes kindchen, angetan?
2006-08-01 [ Tue ]

梅雨明けて
週が明けて

文月から葉月へ
本当の夏

蝉もやっと鳴きはじめた。

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2006-08

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