journal in japan

記憶の中の詩

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2007-05-27 [ Sun ]
070527_1721~01.jpg
('Wilkhahn-Cafe', usually bookstore-cafe 'On Sundays')


http://www.watarium.co.jp/exhibition/0702_taut.html
http://www.watarium.co.jp/exhibition/index.html

(i write e'n bisserl more later ...)

(and e'n bisserl later ...)

先が見えなくて進まないと思っていた翻訳、
先が見えたら急激に進んで、
もうちょっと見えたらまた進まなくなった(自爆

で、見切り発車で美術展へ。
27日最終の「ブルーノ・タウト展」はワタリウムにて。
千駄ヶ谷からのんびり歩いていくのがいいけれど、
今回は外苑前から r246 の交差点を曲がる。

タウトといえば加藤周一の「日本の庭」で
桂離宮論が延々述べられていて、
・・・それ以上のことは思い出せない(笑
高校の授業の中では面白かったひとこまだったし、
あれがきっかけでしばらく加藤にはまったのに。

その程度の認識で、タウトの予習どころか
展示内容もよく確かめずに出かけていったのだが、
桂離宮論にとどまらない、彼の興味と活動の幅広さに魅了される。
ジードルング(集合住宅)の設計や施行も、
やや空想的で宇宙論的でさえある都市理念も、
20世紀前半の時代特有の匂い・・・でも白状すると、
私は決してそれが嫌いではない(笑

星辰にまで到達した彼の思念がインドを経て、
日本やトルコにまで至るのも、
たんに彼がナチスを逃れて外国での流転生活を余儀なくされた、
以上の必然性を感じる。
そしてその結実が大規模な都市計画やモニュメント建築だけでなく、
ボタンやパンかご、階段の手すりなど細部のデザインに表れていく
ことについても。

最上階でタウトの生涯ゆかりの土地の写真や風景画を
スライド・ショーで紹介・・・というのがあり、
いっぺん下まで降りてから観に戻る。
かなり疲れていて、展示室の隅にある段差に腰かける。
---気がついたら、私の真似をする人、続出(笑
というよりこの一角は会期中の前半、熱海・日向邸の
洋風客間を原寸大で再現展示していた場所。
2-3段ほどの段差の好きなところに腰を下ろして海を臨む、というのが
タウトのデザインのもともとの発想だったのだ(エヘン
 <ほんとはそんなことも考えずに、ひょいと腰をかけただけ

足のことも仕事のこともあるのでさっさと見てさっさと帰るつもりが、
気がついたらたっぷり半日を、小さな美術館で過ごしていた。

ただおかげで、「日本の庭」の最終行、
「特殊は普遍に通じる」という一文の意味が
タウトに即してすっと腑に落とせた気がして、
久しぶりに加藤を読みなおしてみようかと思った。


あちらこちら発想(妄想ともいう)は勝手に広がり、
Rhodia のパッドにタウトの言葉やその他のメモが
めちゃくちゃに走り書きされる。
でも、ローディアもなんだか喜んでたみたいょ?(微笑

写真は地下のミュージアム・カフェ。
バウハウスの流れに属するオフィス家具ブランドの製品を
「実体験」できる(期間限定)というので、
カプチーノを注文してひと休み。
吹抜けから見下ろす、美術書店や古書店などによくある
天井までぎっしりの本棚と可動式の梯子という古典的な内装と
モダンなオフィス家具とのコントラストが面白くて、
スナップ・ショットを1枚。

そうそう、私これ式の梯子から落ちかけたことがあるんです。
しかもてっぺんぺんから。
ヨーロッパの某図書館で資料を漁っていて、
疲れてふらついた拍子に梯子ごと後ろに倒れかけ・・・
とっさに手すりをつかんだのでセーフ(汗
でもものすごい音がして、周りの人がぎょっとして見上げていた(照笑

ヨーロッパといえば、タウトの集合住宅作品を見ていて、
ベルリーンをもっと見てくればよかったと思った。
新装なった州立図書館で、あたしのベルリーンの天使に
逢えるかもしれないしね(ヲイ
知人(の令夫人)が勧めてくれた街はずれ(旧東)の
プレンツラウアーベルク地区も、
乗ってきた路線バスが都心に戻るので慌ててまた乗ってしまった。
前夜の TV で「今ベルリーンでいちばんホットなスポット」と
紹介されていたが、レポータが喚きちらしていることは
支離滅裂でよくわからなかったし、
令夫人もプレンツラウアーベルクの詳しい説明より
おすすめカフェの地図描きに熱中、
私もそちらのほうに気をとられてしまったのだった(照笑
帰国してから、東西統一~首都移転の再開発でもとの住人が出ていった
「廃墟」状態のところへアーティストやクリエィタがもぐりこんで、
自由気ままな空間を創りだしているエリアだと知った。
・・・で、そのグランド・デザインを1920年代に描いたのが、
ブルーノ・タウトでしたか(無知
当時は社会改良の理想を抱いて、ふつうの市民が
人間らしく生きられる街として。


あともう1つ、27日までの展覧会があるはずだった。
思い出せないのでタウトに集中したが、ミュージアム・ショップで突然
「あいみつ!!!」と閃く。
慌てて検索したら、大当たりだ。
ただし確認したのが17:02、展示は17時で終わったところだった(愕然
いろんなところで少しずつ作品を見かけて気になっていた近代画家の、
生誕記念の大回顧展(悔
まぁ、どうにかしてまた別の機会を。

帰ってシャワーを浴び、左小指と両足の裏に湿布をし、
仮眠をはさんで翌朝翻訳をしあげる。
1週間(実働時間は言えない・呆苦笑)で半分、
残りの半分をひと晩で訳したゎょ、ママン(誰
順調にいっていれば土日で靉光もタウトも観られたはず、というのは
ただの非現実的仮定。
美術館で半日いい気分転換をしたから、
あとの仕事がはかどった・・・はい、言い訳ではなく(居直り

(mo. 28. mai)

[補足]
こないだうちから引っかかっていたキー・ワード
「減築 企業誘致 ライネフェルデ」を今日やっと検索:

コラム-団地再生を考える-
旧東ドイツ・ライネフェルデに学ぶ減築とデザインを駆使した再生手法


そっか、そういうことか・・・
都市計画つながりで、ここに貼っときます。
(do. 31. mai)
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2007-05-26 [ Sat ]
人をさばくな。自分がさばかれないためである。
あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、
あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、
あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
まず自分の目から梁を取りのけるがよい。
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
(マタイ7:1-5)
2007-05-15 [ Tue ]

 もしも俺が死んでも
 悲しい歌なんか歌わないでくれ
 墓に薔薇なんか植えないでくれ
 心を哀しい影の樹で覆わないでくれ
 ・・・
  (W.B.)

・・・かなり前に出会った歌。
むさ苦しい中年男が無造作にギターをかき鳴らし、野太い声で歌う
バラードがすぐに気に入った。
これが私の『千の風になって』なのだ。


この樹に出会ったのは仏さまの庭の前だけれど、
私はここへ戻ってきたのだ、
この樹と再会したのだと、なぜか思った。
もうずっと何年も、記憶の中にしかないのだと言い聞かせてきた樹。
なのにその場所へ行くと、あるはずのないその姿を空しく探さずには
いられなかった樹。

それから、この樹の近くを通るたびに、
用もないのにほんの少しだけ回り道しては
樹に、花に挨拶していくようになった。
この春デジカメつきの携帯電話を手に入れて、
最初のスナップはぐるりに赤みを帯びた若葉と
枯れたままの実殻をつけたこの樹の姿だった。

070423_1025~01.jpg それが、左側。約3週間前、4月半ば。


070514_1112~01.jpg 右側がごく最近。5月半ばのもの。


この街道筋も疎水を幾重にもとり囲む雑木と並木が美しいが、
春先には早くも力強い並木の緑が、
それでも枝葉の間に写りこんでいたもの。
今はほんの少し立ち位置とアングルを変えてみても、
つやつやと血気盛んな光沢をたたえた葉が
獰猛とさえいってよい欅並木を絵に入れるまいと張りあっているようだ。

2枚めのシャッタを押し、保存した絵を確かめながら
仏さまの庭に歩み入る。
そのときふと、私のお墓にはこの樹を植えてもらおうと思いついた。
風が吹かない日があっても、歌えない夜があってもいい。
寡黙なこの樹は雨が降っても露がおりても、
滑らかな肌をさらしてひっそりと立っている。
どこの土に眠っても還るところは同じだと信じてきたけれど、
この樹が貫いてくれるのなら
もう一度陽ざしと雨のもとに甦ることがかなうように思えてきた。

今年はひとしお、朱赤の花が恋しい。
また会いにくるからね。
2007-05-10 [ Thu ]
え・・・とこの場合「久闊」しほうだいだったのは
「ピアノの発表会」と横浜、でした。
 <横浜といってもこのエリア、もう2度と縁がないと思ってた
連休中の1日。

出演するほうも聴きにいくほうも、
旧友たちは・・・まぁ去年の暑気払いがいまだにペンディングとはいえ(笑
 <最後に全員揃ったホーム・パーティは1年前?2年前?(笑
お互いの日々の動向は把握。
でも懐かしいピアノがまた聴けるとは。
ゆっくり家を出て、おぼろな印象を頼りに
ピアニストの衣装の色に合わせた・・・つもりの薔薇を選び、
会場に着いてみたら、ロビーに見慣れたながらも妖艶な美女が。
中に入るタイミングを見計らっていたのだけれど、
人のコンサート来て自分の音とりしますかい(微笑
私は私で、ここ2週間ぐらいバッグに入れっぱなしの新書を
ぼんやりと開き、子供ウォッチングしたり、
隣の友人の楽譜をのぞきこんだり。
ふむふむ、ラテン語の歌詞ね。

私自身のピアノ発表会体験は小学生までだったので、
ショパンを弾く高校生のお姉さんは憧れのマドンナだったし、
当時はバルトークなんて知らなかった。
上手な高校生のテクニックには感心すれど、
なんだか冷静かつ客観的に聴いてしまうのは、
プロ以外の鍵盤楽器の演奏が思い出せないくらい久しぶりだから
だろうかと、またまた冷静に考える。

しかし、「もと高校生」の演奏者が出てくるようになってわかる。
音が身体を通っている。
セミプロと比べても、人に聴かせるよりまず自分のために弾いている、
そのスタンスは高校生ともさほど変わらないと思うのだけれど、
テクニックや、解釈上の緩急のかげんとは別のところで、
音の鳴らし/聞こえ方が違うのだ。

「心から出て心に還る音楽を」と、
昔音楽の先生が口癖のように引用していた、
ベートーヴェンの言葉を思い出した。
そして私たちを可愛がっていろんな曲を歌わせてくれ、
私たちが面白がってそれらの(中にはけっこう難易度の高い)曲を歌うのを喜びながら、
「あなたたちがほんとうの大人の声になったとき、
また同じ曲を歌わせてみたい」とよく言っていたのを。
身体が直接の楽器かどうかの別はあっても、
大人の音と子供の音は、やっぱり違う。
他の器楽もお芝居も、東洋人と西洋人は(体格など物理的な点で)
はっきり違うように。

隣で聴いていたセミ・プロ(声楽)の友人も、
ブランクがあったとしても、大人のほうが上手だったという点で同意。
どんなにうまくても子供は子供・・・でもこれからの成長に
期待しましょう♪

いきなり私服で客席に下りてきた友人を苦労して探し出して
 <私は紺地に水玉?のトップ、
  同行の友人はピンク色のふんわりしたスカートを目印にしていた(笑
ブーケとワインを渡し、もと高校生2人 <「もと中学生」という説も(ウフ
またまた▽年ぶりに(ほんとに思い出せない)コージー・コーナーの
ナポレオン・パイを食べて帰る。
2007-05-10 [ Thu ]
「エデンの東」的 GW も(ナンジャソレ)、休みの日は機嫌がいい。
春先に誘いをふいにしてしまった友人とお茶をしたり、
中学?高校?時代以来の、旧友のピアノを聴きに行ったり
休みの日はせめてのんびり過ごす。

ぜひこれだけは、と心に決めていたのが、古い学友との再会。
彼女が東京での仕事を徐々に整理して郷里に戻り、
一緒に参加した翻訳プロジェクトでも郵便やメールや電話で
用事をすませるようになって、
 <個人的な用件も同じ手段(笑
直接会うのは何年ぶりかわからない。
私がふらりと思いたって、彼女の郷里と東京の中間あたりにある
岩山とダム湖へ出かけてゆき、突然だったので
彼女には連絡せず帰ってきてしまったのも。
去年の GW に「遊びに来て」と電話をもらったが都合がつかず、
その後も予定がすれ違ったままになっていた。

朝早く鈍行で着き、会う前に一人で市内を散策するつもりだったが、
前日疲れて仕事から帰り、そのまま寝てしまった時点で
その目論見は挫折。
朝シャワーを浴び、在来線特急に乗って、
これでは約束どおりの時間にしか着けない。
それでも途中から座れたので、のんびりと車窓風景を楽しみながらゆく。
こないだ酒の肴に「黄色い花」の話をしながら、
心のうちでは山吹と、
 <私が話したのは風に揺れるミモザの「大木」だったのに(笑
紫だけれど桐の花が懐かしくてたまらなかった。
この沿線にはところどころ桐の樹がすらりと立っており、
花は今ごろが盛り。
この街は、昔恩師に誘われて南アルプスを望むヒュッテへ行く途中、
同行する彼女と落ちあって美術館に寄って以来。
 (その恩師も、ヒュッテのオーナーであるそのまた恩師も、
  山を愛する学者(あまりにもありがちなコンビネーション・微笑)たちは
  とうに帰天してしまった・・・)
そうそう、ともかく県境のトンネルを抜けたら、
初夏の陽ざしに八重桜、なのに南アルプスの山頂には白い残雪。
友人の車で郊外へ向かう途中には、もう初夏の濃さをたたえた緑に
山吹の黄色が鮮やかに映えていたのだった。

小ぢんまりしたフレンチ・レストラン。
女性2人組はカウンタに案内されたが、
なるほど空いていた席も、みるみる満席になってしまう。
シンプルでいて手抜きのないコース料理、デザートつき。
メニューの七面鳥がたまたまないのが残念だったが、
牛ほほ肉の赤ワイン煮が秀逸。

何年ぶりかで会うのだから、お互いの近過去の話が出ても
よさそうなものだが、
オンナはどうもねー、現在と未来と、過去といったら大昔の話ばかり。
現在と未来の人生について、(スタンスは違えど)同じような
関心事を共有しているせいもある。

郊外の観光名所を車で通過だけし
 <車道なのに進入するのが申し訳ないほど、
歩きの観光客が道幅いっぱい(笑
実家で彼女の両親と、
会わない間にすっかり少女らしくなった一人娘に挨拶。
さっき彼女が何気ないふりをして口走り、
 <今も名乗りつづけている、自分たち母娘の名としてでなく
 <まったく「微妙」でない、ニュートラルな話題の流れで
あえて私も聞き返さなかった名前の残響が、
ここには紛うかたなくある。

まぁ・・・・・・いろいろあったわよね。長いつきあいの間には、お互い。
別れぎわに私も「古い名前ポロリ」のお返しをして、笑いをとる(ヲイ
これからもよろしく。
次はパジャマと歯ブラシ持参で、おじゃまします。
会ったときと別れぎわとに握手したとき、
細くて小さな彼女の手の思いがけない力強さに大きな勇気をもらった。


一人になってからけっきょくいつもの、
でもやっぱり季節からいって干し柿系ぢゃなくてこれよねー的な
桃の創作菓子をおみやげに買い、
お弁当と地元産100%の白ワイン(コップ酒だな・笑)を求めて
てきとうに鈍行へ。
Uターン・ラッシュが始まっていないので空いているというか、
ボックスにしろロング・シートにしろ、独占できないあたり
なんで「混んでる」のよというか。
各駅はいつものとおり、地元の人ばかりだ。
壁から天井にかけて貼られた甲信越エリアの各駅路線図を見上げながら
友人を訪ねてでも思いつきの日帰り旅でもなんでもかでも、
そのうちまた来ようと思った。

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