journal in japan

記憶の中の詩

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007-08-25 [ Sat ]
2日めの夜から3日めの朝にかけて、
今までの旅やあれこれの断片が、朧ろげな形をとりはじめる。
思考停止、判断停止と決めたのだから何も考えたくない、考えられないが
いくつかの「リカヴァリー・ポイント」が見えてきた、と思う。

たしか2003年の夏だったと思うのだけれど、
 <そういえば Niki と出逢った夏
まるで警察国家の個人監視のように(ヲイ
毎日毎夜の所在について日本の中央官庁から届出義務を課せられた
スケジュールの中で、
1日だけ出国前に届けた予定行動を破った。
独りに、自由になりたかったのだ。
ちょうど週末だったのを口実に、官庁担当者には予定行動に戻ってから
週明けに事後報告したのだと思う。
中世の城がある、でも意外に19/20世紀転換期の建築物が街を彩る
小さな街を何周もし、白夜の空がまだ明るいのに
部屋に戻って死んだように眠った。
静まりかえった時間と空間。
翌日も同じく、街をぐるぐる。
そして、夕方到着するはずの私を心配し、また心待ちにしてくれている
親友一家に何度も電話して、「ごめん、もう少し待って」
「もう少し独りでいたいの。もう少しこの街にいたいの。
あなたたちに早く逢いたい気持ちはやまやまなんだけれど」と、甘えた。

たとえばその夏が、その週末が
ひとつのリカヴァリー・ポイント。
それから、それから、・・・
続きを思い出すのはあとにしよう。

ちなみに。
連絡は欠かせなかったとはいえ、最初の約束より何時間も遅れて
待ちあわせの駅のホームに
 <どの駅で拾ってもらうかも、個人的趣味で我侭を言った(照
立っていた友人とハグとキスをかわして、
私の第一声。
「洗面所はどこかしら?」
乗換駅で、コーヒー喫みすぎです。
小さな古都の夜の駅は静まりかえり、wc もすでに鍵が閉められている。
「だいじょぶ、そんなに急ぢゃないから」
のんびりことこと、高速と田舎道を走り、
着いた先でまたハグとキスの嵐。
はしゃぐ女子供の様子をにこやかに眺めながら、
出迎えてくれた友人はおっとりと私に言った。
「ところであなた、どこか行きたいところがあったんだよね」
忘れてた。そうでした。
「このドアだよ。あなたの荷物はこっちに入れとくからね」

日本の地方都市の中央駅で、列車を待ちながらエスプレッソで一服。
そんな間の抜けた再会シーンと、
そもそもそれより数年前、彼〈女〉らを東京駅で見送ったときの
少女の柔らかい頬を思い出して、心の中でひっそり笑った。
スポンサーサイト
2007-08-23 [ Thu ]
朝、隣町へ。
拠点にした街の全国チェーン百貨店もそうだが、
大都市の中心部は東京もそれ以外も、
それどころか日本もヨーロッパも大して変わりない。
繁華街を素通りし、美術館へ。
昔東京のウォーター・フロントで見た、代表作の立体コラージュ。
色が変わっている気がしたが、あとで訊くとそれは経年変化で、
最初の発表後に手を加えてはいないという。
観終えたら昼前だったが、知人(とアーティスト氏)はまだ
美術館に来ていないと言われ、「来ました」とだけ伝言、
それからノートにサインを残して辞去。

常設スペースの関連小展と、常設品展示をさらりと観る。
日本でもかなり有名なアーティストや作品の他に、
もうちょっと(ずっと?)マイナーあるいはニッチな
現代アーティストの作品を発見。
1つは、昔東京で観た、かも、しれないもの。
もう1つはたぶん初対面、でも私の好きな女性アーティスト
Niki d.S.-F. のパートナー J.T. によるオブジェ。
美術館前の池?濠?に、Niki の回顧展を初めて観た
はるかはるか北の街の美術館前にも池があったと思う。
そこには白いヨットが何艘も浮かんでいたが、
ここでは白鳥のかたちの遊覧船が係留されている。

2展めの内容は、やはりまだ観ていないものだった。
日本では人気のあるテーマで(ここでもかなりの評判だという)、
東京ならかなりの大混雑だったろう。
友人にほんとに感謝。
ここでも会場は混んでおり、順番待ちで何度かソファに座りこむ。
人と人のすき間から、もう見た展示品の断片を眺め、
それにしても当時の人間に、これだけの難事業を決心させた確信は
なんだったのだろうと思いめぐらす。

最近の展覧会は会期中パスポート制とか、
当日なら再入場可とか、以前よりずっと融通がきくようになった。
倒れそうになったのでちょっと抜け出して、館内カフェで遅すぎる昼食。
戻って、戒壇前のソファで一瞬意識を失う。
さすがに限界だ。
展示室の後半をもう1度観て、売店をのぞく。
あぁ、ここでもまた。
数年前に東京で観た関連小展とは、
日本、アジアと欧米のアーティストによる写真グループ展。
懐かしい気がして手にとった絵葉書は、そのときの出展作品だった。
おぼろげな記憶をたどり、まだ持っていないのを何種類かおみやげに。
カタログは・・・どうしても欲しくなったら
東京のミュージアム・ショップで探すか、
ここの博物館に直接問い合わせようと決める。

美術館から博物館への移動中、Niki の彫刻を見つけていた。
戻って、携帯とフィルム・カメラで記念撮影。
で、バスに乗る。
都心部のターミナルまで行って、ひと休みしてから
そのまま隣町へ戻るか、美術館へ寄るかしようと思った。
ミュージアム・カフェで知人の伝言を聞き、コール・バックしたが、
はっきり約束はできなかった。
ヴェクトルはかぎりなく隣町と、ホテルのシャワーに向いていたが、
とにかくコーヒーが喫みたかった。
と、偶然にもそのバスが、美術館の近くに停まった。
急いで降りてから、「これからちょっと顔出します」。
ぁぁぁぁ、コーヒーが喫みたい。苦い渋い、香りのいいエスプレッソ。
展示室前のソファにくず折れていたら、向こうから見つけてもらった。
常設展の話になる。
J.T. を観たと話して、私はまた軽い興奮状態に。
市内で Niki と再会したのも、きっとそこに最初の伏線があったのだと
思ったから。
知人はそんな私の連想を知るはずもなく、J.T. と親友の
作品のつながりについて語る。
・・・そんなに何もかも、つなげないでください。
ところで上記、初期の代表作、音響面でトラブルが発生しているらしい。
私はリールが回っているのに気づいただけだが、
ほんとうは音も出ていなければならないのだと。
私と話していてそのトラブルを思い出したのか、知人もアーティスト氏も
浮き足だってきて、たぶん遭遇時間は10分たらず。
私も、帰ろう。
2007-08-22 [ Wed ]
トンネルを抜けてまっ先に眼に飛びこんできたのは、
鮮やかな赤と青のコントラストだった。
単色だけとっても、東京にはあきらかにない明度。

夕方、少し日が翳ってきてから街に出る。
とはいえまだまだ蒸し暑いが、水辺にいると涼しい風が
かすかに寄せてくる。
水の街、なのだろう。
とくにまったくあてはない。
土鈴が欲しい、ほかは。
列車の中でおおまかにでもプランをたてるつもりだったのが、
車窓風景にすっかり夢中になっていた。ずっと。
とにかく鼻先の向くまま、足探りですずろ歩いてみる。
蔭から蔭へと伝ってゆき、それでも熱に耐えられなくなると
通りかかったバスに乗る。
見学も観光もしないつもりだったし、
だいたい何も考えずに過ごそうとだけは決めてきた旅だが、
人を、街を、肌で感じたかった。

ふと、ここはある街に似ていると思った。
東京都下のある市、
というより私の感覚では、かなり独立した東京近郊の地方都市。
城のある街というくくりはできるものの
関東のそこは、現在の市街の周辺に山城が点在しており、
近世以降はむしろ宿場町として発展した。
近代以後の基幹産業も、この街とはまったく違う。
たしか。たぶん。
ただどうしてもその個人的感覚を捨てきれず。
どこをどう走ったかさえ覚えていないほど、手あたりしだいに
路線バスで巡っているあいだにメールが来て、
予定を繰りあげて会うことになった友人に
感想をぶつけてみる。
無反応。
無理もない。
モン・サン・ミシェルの地元民をつかまえて、
「トウキョウの近くにはこことよく似た、エノシマというところがあって・・・」と
講釈をたれるようなものだ(ソコカイ

部屋に戻ってから、翌日隣町へ行くならと勧められた
展覧会情報を携帯の pc ブラウザでチェック。
数年前、東京で関連テーマの小展を観ていた。
しかしどうやら、この大がかりな特別展はまだ観ていない。
さらに主催者を調べて、これは東京へは巡回してこないかも
知れないと思う。
隣町で訪ねる予定の、前衛アーティストの展覧会を朝いちに繰りあげ、
時間と体力に余裕があれば、2つめに回ることにする。

疲れと暑さと空腹に、ロック2杯はきいた。
熟睡。
2007-08-20 [ Mon ]


出発10分前に気が変わって、rimowa salsa からパッキングしなおした070818_1030~01.jpg
百戦錬磨のピギー。
写真では fragile の赤札は1枚しか写ってないが、実は2枚ついている。
つけておいてある。
JAL のと ANA のと。
お高い日本のキャリア(国際線)には乗ったことがないのだけど、
バゲージ・クレームで出てきたら把手が伸びなくなっていたのは
どっちの会社の共同運航便だったか。
片脚も折れていたのだったか。
東洋人なんてめったに降りないだろうローカル空港の夜の空港事務所で
疲れと怒りで情けなくなって、現地語で啖呵きりながら
自分までピギーに膝蹴りかましてたのは覚えてる(照苦笑


資料と小さいとはいえ寝袋がないと
嵩も重さもぜんぜん違う~~と思ったが
 <今回は寝袋の代わりに、2000cc のミネラル・ウォーターが in
帰りついたアパートメント、ev がないので4階まで運びあげたときの
懐かしい重たさよ。
懐かしいわけだ。
旅行中に増えたのは、ひたすら紙ばかりですから!
でもこいつを連れていって、ほんとうによかった。

画像中、上にとってつけた街歩き用の中トートには、
500cc に詰め替えた水を今回は2本(最終日は3本)と、
直射日光&冷房よけスカーフを1枚(同2枚・笑)。
それから、けっきょくいちばん便利な薄い綿ローンのハンカチを2-3枚。
全天候型装備と言われるわけだが、やっぱりいいんです、これで。
最終日はむしろ冷房が辛く、上り列車では
黒いピギーをオットマンがわりに、赤と黄のスカーフで膝と肩を包み、
ベルギーもしくはドイツ国旗カラーのミィラと化していた。

酷暑バテで疲れているのか免疫力が落ちているのか
汗に反応したのか <たぶん全部
使い慣れたはずの基礎化粧品にかぶれた肌で出たという、
涙の旅行のスタート。
おかげで avenne しか使えなかった。
あと、水だけで溶いたクレィ2種類。
予備のつもりで持っていったのだけど、
けっきょく毎晩お世話に。
1-2分でも陽傘をささずに日なたに出ると
じりじりと焦げつきそうな毎日、
ほんとに服の中まで灼ける。
で、帰って上半身クレィ・パック。
これで真っ赤になったのがすっと和らぐ。
もちろん、深夜戻った自宅でも。
クレィ様々だ。
ぁ、陽灼けどめ塗れって、今年の私には言わないでください。
塗ったら皮膚呼吸できなくて、窒息死してるはずです。
悠久生物のように(激違

夏用&旅行用 birkenstock が壊れている(修理不能)ので
迷った末持たずに行った。後悔。
ホテルのスリッパは、履くとかえって疲れと痛みが増幅。
部屋では素足で歩く。
やっぱり新しいのを買おう。
あと、スクラブも持参すべきだった。
市内も美術館も含め(2日で3つは、人生新記録だ・笑)
休憩しながらとはいえ、ひたすらひたすら歩き回ったのだから。
2007-08-18 [ Sat ]
070817_0631~01_0001.jpg 070817_1649~01.jpg 070818_1137~01.jpg


〔foto left:これ欲しさにお城の売店へ行った 奴隷 土鈴.
 天守閣は登らず踵返し〕

「前に・・・・・・会ってますよね?」

〔旧い知人と、これはすれ違いだなぁっと思った最後の瞬間に
 どうにかハイ・タッチ的偶然接近遭遇成功.
 そこで彼がついてきていた前衛アーティスト氏、
 「初めまして」と挨拶した私に↑のように.
 社交辞令か、以前から展覧会を観ていたと上記知人氏が言ったのか.
 代官山、佐賀町、Ffm と作品は観てきたし、
 佐賀町で作品の前でバンド演奏していたのは覚えているが、
  <佐賀町っていつよ(爆
   << このギャラリーは新進気鋭アーティストの登竜門的スペースだった
 そのとき知人氏に紹介されたとはっきり記憶しているのは、
 戸川純もしくは YOU 似の個性派美人だけ・・・(微笑

 それぞれの街で、たとえ共通語を話していても
 微妙な言葉のアクセントを楽しんでいたが、
 アーティスト氏の話し方にひょいと懐かしさを覚える <ある意味啄木風
 前日、地元のおねえさんに「あなたの話し方憧れる.
 東京でしょ?その、ちょっと引いた感じがいい」と言われた私.
 tv インタヴューのときと違い、長年の親友と一服していた
 アーティスト氏は肩の力の抜けた風で、あーこういう処においてみると、
 なるほどアズマビトってやっぱりこうなんだと・・・
 自論である「あずまびとの引きや照れ」を自他に再認識した.

 それもだが・・・「前にあった」「つながった」体験満載だった
 今回の旅.満載すぎて別 log がいくつか要りそうなのだけど、
 アーティスト氏の展覧会から、前日別の友人に勧められた
 「話題の展覧会」へ市内移動中に見つけた Nana(N. d.S-F.)
 (foto middle)はその一例.
 最初はかすかな不快感と、自分の感覚を閉ざしてしまいたい
 欲求を抱いた Niki の作品だが、何度か遭遇を重ねるうちに慣れ親しみ、
 今は自分の肌の下に入ったというか、私の中にあるものが具象化すると
 たしかに Nana になる、感覚.
 だからこそ最初のとき感覚を閉ざしたい、肌の外においておきたいと
 思ったのだろう〕

禁煙席のないスタンド・カフェで窒息中。
在来線でコトコト移動するつもりだったが、
時刻表をめくって計算しているうちに断念。
今日じゅうに江戸へ戻るつもりなら(笑
もうすぐいちばん速い列車が来るので、
エスプレッソ喫みほしてここも脱出。
かの地にも Nana はいたんだったかしらん?
09:32

〔残念ながら Nana には会いませんでした(笑
 この地を訪れるのは、ロー・ティーンの家族旅行以来.
 ってことはほとんど、今回初めてみたいなもの(笑
 ひと言、実り多き1日だった.抱えきれないほど.
 昔の印象では(70年は草木も生えないと言われた街に奇跡のように)
 咲き誇る赤い夾竹桃が鮮やかだったが、今回は
 前の滞在地であちこちに見かけたきり、
 この街で眼を楽しませ、爪先を涼ませてくれたのは美術館の借景で
 旧藩主庭園の槙の白く粉をふいた細い葉と、まだ薄い緑の松かさ.

 美術館に予定以上に長居したが、外はまだ濡れたように暑く.
 トラム(foto right)で遠回りして、車窓に流れる街の風景を楽しみながら
 移動.
 これは私の定番のお遊び.生まれ育った東京でも(笑
 それに日中40℃になんなんとするこのお天気では、
 直射日光を避けながら市内見物をし、ついでに(笑)移動もできる
 バスやトラムはまさしくオアシス.
 路線バスは、地元の人の日常も見られるし.

 私の好きなアーティストがデザインした橋(昔はそうと知らずに
 渡ったが)は時間の都合で諦めたものの
  <オブジェは美術館の常設で邂逅
 一瞬焦って車窓風景を忘れ、携帯で東京駅発の終電を検索(爆
 まぁそこまでのことにはならず-そうなったらなったで、急遽ここに1泊の
 つもりだったが-、中央駅で荷物をとり、おみやげも買って、
 バスでいえば「青」、東京行き最終より1本前の超特急に滑りこむ.
 最後に観た美術展のカタログをしっかり抱えて(照〕

19:33発車、20:08座席 get。
覚悟してたが、今日の長距離移動は立ちっぱなし。
でもこれで大江戸のシンデレラにぶじなれる。
2007-08-13 [ Mon ]

070810_1941~01.jpg     528489895_43.jpg


こないだ高層ビル街で見た、建設中の新ビル。
某大手保険会社の本社ビル(持ちビル)が退去した跡地。
テナントに出して土地に稼がせる腹づもりなのだろうが、
本社はどこへ移転したのか知らない。
それよりこの工事現場、
斜めに白い「骨格」がクロスしているのは
テーピングというかバンソコというか、
新工法による作業用の補助(補強)鉄骨なのかと思い、
撮影後近づいてみたが、建設計画の完成予想図によると
これもデザインの一部らしい。
この夜は遅くまで30℃を下らず、じっとりと濡れたような空気だったが、
夏のクリスマス・ツリーがほんの少し、涼を贈ってくれた。
工事現場の前には大型バスが2台、
若い人たち---たぶん大学サークルのメンバーが
嬉しいというよりちょっと疲れた顔で、荷物をトランク・スペースに
積みこんでいた。

たぶん4年前の夏だったと思う、
南の州都でバーゲン品を買い、連れて帰ってきたきりの
rimowa salsa を開けてみた。
帰国直後から怒涛の日々が続き、当座いらない旅行用品や資料を
入れっぱなしにしていたもの。
そのトランクの底に横たわっていたのは、rotring の30cm定規(笑
持っているのすらきれいさっぱり忘れていたけれど、
買ったのは覚えている。
帰国直前の慌しさのなかで、たしか郵便局の売店にあったような。
ただし、なんで必要だったのかが朧な記憶。
同時多発テロ以降、機内持込サイズの制限が厳しくなり、
買ったばかりのピギーが引っかかるかどうか、不安になったのかも。
欲しくて欲しくて買ったピギーだし、店では大丈夫と言われたものの。
それくらいでなければ、離陸1-2日前にわざわざ長い定規まで
自分で買って、測りたいものが他にあるとは思いつかない。
必要になったことなど、それまでなかったから。

けっきょく、テロの標的になりやすい某メジャー・キャリアの
チェックもなんなく通過し、ピギー2台に
小旅行用ショルダ(荷物行方不明時の緊急用)と、過積載で成田着。
いつもはピギーは1台におさめるのに、
別郵送用の荷作りをするのももうヤんなったのだろう、自分。
もう1個のピギーはたしか10年もので、
壊れたり壊したり壊されたり、そのたんび修理して、
満身創痍の古武士の風格である(笑

victorinox はたぶん15年くらい前、これも帰国直前に買ったもの。
荷作りに必要になったからで、以後どこにいても重宝している。
飛行機に乗るときも、カウンタで預ける荷物に入れておけばお咎めなし。
ふだんはレター・オープナに使っている。
オーストリア観光局でもらった "e-mail opener"、
"@" がオーストリア Austria の頭文字という趣向なのだが、
紙を切るには向かない(笑
洋紙だと切り口がぎざぎざになってしまうし、
たとえば和紙なら不揃いな切り口も風情かと試してみたら、
繊維が長いので引っかかって切れなかった。
デザインは気に入っているので、いつも手もとに置いているうち、
使いもしないのに細かい傷がついて貫禄が出てきた(笑
2007-08-08 [ Wed ]

こうしてふたたび巡りきた夏は


ほらこんな処にこんな花がと
異国の庭で指さした白い花
あれもこれも ほらこんなにと
異郷の野で手わたした赤い実 青い枝

重苦しい夜気からそっとかばうように
温かく潤んだ眼 声



so schmilzt mein leid sanft in deine traenen
und meine traenen fliessen sacht in deinen armen

ことだまを淡き衣にくるみしてやりとりしつる指なにをか想はむ

漕ぎびとは舟を静かに波に揺らしつ

傷つかぬやう 傷ははやくなほるやうにと


zum abschied kuessten mich deine worte so zart an den augen


そうして朝は いつも敷居の上に立っている

2007-08-05 [ Sun ]

狭苦しい廊下の突き当たりに窓があって、この季節には緑が勢いよく繁っている。
その廊下いっぱいに大きな背中が光を遮っていた。
1つのドアの前で立ち止まり、鍵を開けようとしている。
ドアに手をかけたまま、こちらを向いた。
逆光で何も見えないけれど、誰だかすぐにわかる。
誰が上がってくるのか知っていたようにごく自然に振り向いた、その
光と緑の額縁をきれいに切り抜いたシルエットに、ただ黙って微笑を投げた。
2007-08-03 [ Fri ]
518709783_97.jpg     518709783_156.jpg


最初に手が伸びたのは
バーボンだったが、そういえば葉月に入ったので
韓国焼酎をロックで。
瑠璃色の切子が、からから鳴る。
木槿も葉月を待ちわびていた。

fotos:宗旦槿

*
よゐ風に梳りたるむくげかなひとよひとよの玉の緒結びつ
          2007/08/04 08:15 (Sat)

 | HOME | 

2007-08

profile

melusine

author: melusine
記憶の中の言葉たち

recent trackbacks

FC2-counter

be my blog-friend (:-))?

search in this blog

tabula rasa

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。