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記憶の中の詩

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2006-04-21 [ Fri ]
20代半ばころ、素人手相見をしてもらったことがある。
「あなたは」その人は顔を上げて言った。「ご両親と早く死に別れてらっしゃいますね」--「あの...うちの両親は、2人とも健在です」--「そうかも知れません」したり顔。「実際の生死には、関係ありません。精神的に、早く親と別れる相です」
私は笑った。
自分では手相を見ないし,それがほんとうに当たるのかも、さほど興味はない。言葉づらだけから推測すれば、「家族の縁が薄い」というのを、婉曲に言ったものだろう。
ともあれ初対面の人に図星をさされて、私は笑った。
「心理的機制」という用語に初めて出会ったのは、保健の時間だったろう。
大きな心理的衝撃あるいは連続的圧迫をうけると、一種の記憶喪失状態になって、ある時期・時間や場所の記憶がなくなる。自己防衛反応のひとつである。
私にとっては、例えば婚約解消前後のそれぞれ約1年間,そして生まれ育った家庭でのあれこれ。
幼稚園~小学校時代など、つごう8年あまりの学校生活が、ほとんどすっぽり抜けていることになる。
無理に思い出そうとすると,あるいは思い出させられそうになると、意識が混乱するか,まったく失くなってしまう。

もう1つ笑ったのは、大学の同級生のひと言。
「あなたは、きちんとしたお父さんがいる家庭に育ったお嬢さんでしょう」
とくべつ、親しい友人ではなかった。
笑ってごまかしながら、その時初めて、自分の記憶にところどころ空白があるのを意識した。
それがなぜ、眼の前の級友に空白でないどころか、「古風な家庭のお嬢さま」と映ったのか--じっさい、大学時代はそう見られることが多かった--。
またこの先も、こうして記憶のとぎれることが、決して少なくはないであろうことも。

ここはサイコセラピストの安楽椅子ではないから、2番め「空白を逆転するプリズム」の話。
父はいわゆる「火宅の人」ではなかったし、職業柄、世の猛烈サラリーマンよりは、物理的に家で過ごす時間は長かった。
しかし私の内面で、彼は肯定的な存在感をもってはいない。
無意識にバランスをとるつもりか、正直なところ、母の存在感も決して強くはない。
まさに、「精神的死別」だろう。
それをプラスに填めあわせてくれた---今もくれているのが、ワーシャという実在の祖父であり,ワーシャとマルファの家庭という、私にとっては「イマジネールな記憶」である。
ワーシャや,彼に顔も気質もいちばんよく似た甥ワショーチカ。
2人ほど愛着はないが、ニキータ伯父。
私たちをとりまく場に、いつも空気か光のように満ちているマルファ。
『帰りたかった家』は、少女たまこが、「小石川の家」にいていつもこがれ続けた場所と時間の記憶である。その関係もさることながら、たまこの両親・幾之助と文は世代的にもクラス的にも、ワーシャとマルファに近い。回想談は、そのまま主役の2人を、とり換えることができそうだった。
1ページずつ読みながら、泣いた。
青木玉は「小石川の家」から離れ,厳格な祖父や母が世を去ってから、「帰りたかった家」に帰ることができた。
私は「鶴巻町の家」にイマジネールに帰り,住むことができたから、現実の「三宿の家」に生きつづけることができた。イマジネーションが追いつかなければ、「中野の家」はあった。昭和20年5月の空襲で「鶴巻町の家」が焼けたので、家財道具を疎開させていた中野に移ったのである。10人近い大家族がどうやって暮らしていたのか不思議なほど、つましい家だった。私は幼い頃のまま、ワーシャにぴったり寄り添うか,向かいあって座って、甘え笑いをした。北海道開拓時代のランプの奥に、マルファの白い顔が、いつも私たちを見守っていた。
「古風な--別の意味では、きわめてハイカラだったが--家庭のお嬢さま」はまったくのフィクションではなく、私がそうあり得たはずの,またじっさいそうして私を救ってくれていた、二重映しのアルターエゴだった。そして「おひい様の私」を育てたのが、ワーシャやワショーチカや,マルファだったのである。代償的「父性」が確かに存在していたことの意味は、とりわけ大きい。くだんの級友が私の背後に見たのも、ほんとうはワーシャの姿だったろう。
だが「おひい様」は、「世代的にもクラス的にも」私の生活世界とかけ離れすぎていたから、例えば婚約解消という---私の精神的実在を否定する---「記憶を抹殺しようとする」力との、闘いの結果につながった。そこに再び、「記憶の空白」が生まれた。
「記憶の破片」という矢、あるいは龍の血を全身に浴びて、「おひい様」の代わりに聖セバスティアンならぬ「アマゾネス」が歩み出た。

タイトルの「素朴」と「情感」は、シラーの美学論文『素朴文学と情感文学について』からとった。
この2つのカテゴリは自然と人間との関係で、「素朴」とは自然と人間とが一体であった、歴史的には古代。「情感」は自然が喪われ、その模倣あるいは郷愁の中に人間が生きている、近代にあたる。
そこから生まれた文学が、「素朴文学」および「情感文学」である。
しかしこれは、純粋な歴史的概念ではない。シラーの同時代である18世紀後半にも、「古典主義」という「素朴文学」,「ロマン主義」という「情感文学」が可能で---あるいは古典主義でも、ゲーテは「素朴」派でシラーは「情感」派,セルバンテスは,ハムレットは...と、2つの概念はさまざまなヴァリエーションで展開され、怠け者の大学院生の頭を混乱させた。
とまれその伝でいけば、「よき子供部屋」との関係は、たまこが「素朴」寄り,私が「情感」寄り。
『喪われた時を求めて』第1部「スワン家のほうへ」の情景は、19/20世紀転換期の、やがて崩壊していくブルジョワ家庭のそれで、同時代を描いたTh・マン『ブッデンブローク家の人々』,ベンヤミン『ベルリーンの幼年時代』,またアンナ・アフマートワ自身の少女時代...と、ヨーロッパ世界には国を超えて散見される、「情感文学」である。
スターリン時代という、あまりにも近代的な時代を、パステルナークはアフマートワと「生へと励ましあいつつ」生きぬいた。
彼の第1作『我が妹---人生』とその習作版『ジーニャ・リューヴェルス』の作品世界は「素朴」,代表作『ドクトル・ジヴァゴ』のそれは「情感」であろう。
「生きるよすがとしての記憶」を抹殺しようとしたのが、スターリン粛清であり、アフマートワやパステルナークはさまざまな意味で「記憶の詩人」だった。パステルナークはユダヤ系で,しかも牧師の息子だったが、彼の行間から響いてくるのはきわめてロシア的・正教的な、「永遠の記憶」という通奏低音である。
アフマートワの詩は、「記憶を抹殺しようとする」スターリン体制への告発であると同時に、それをさらに「記憶」し、後世に伝えていこうとする。
ブルジョワ出身の夫グミリョフが自殺に追いこまれ,息子もグミリョフの子であるというだけで投獄された時、ペトロパヴロフスク要塞監獄の面会待ちの列で、彼女は1人の母親に訊かれる。
「あなたは、このことを詩に書けますか」--「書きますとも」
しかし、そうした「記憶の文学」は、生命に関わる。執筆活動を禁止された詩人たちは、アフマートワやソルジェニーツィンのように紙でなく自らの記憶に、言葉を刻んだ。マンデリシュタームが逮捕される直前、公園でばったり会った彼に新作の政治諷刺詩を聞かされたパステルナークは怯えて、盗聴マイクがないはずの部屋でもそれを口にするのを憚り,記憶からさえ消し去ろうとした。

私の「記憶」も「空白」も、それに比べれば些細なものではある。

  夢はその先には もうゆかない
  何もかも忘れ果てやうと思ひ
  忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

感傷的なソネットの1節を、ひとつ覚えのように口ずさんでいるけれど、ほんとうはそこまで忘れていない。少なくとも、「忘れてしまった」「思い出せない」ことだけは、きちんと覚えている。
「あなたは普通の家庭に育ったようには見えない」と突然言い出したのは、ある友人。彼とはパステルナークやタルコフスキーの話ができるが、話しながら彼は時々、声を潤ませる。彼にとってはボリスもアンドレィも、「喪われたよき時代」の記憶そのものだから。そのことを,そしてそれが2度と戻ってこないことを、彼は知っている。毎晩忘れようとし,毎朝思い出してしまう。
小さな声で笑って発言の真意を尋ねると、彼はいわく言いがたいという風に、含み笑いをして髪をかきあげた。
そう---「忘れつくしたことさえ忘れてしまっ」ては、いけないのである。でなければ「抹殺された記憶」は闇の中で増殖をつづけ、ある時突然蘇って、「忘却者」の息の根を止めてしまう。
「忘れた」ことだけは、「忘れない」こと。「記憶」と「空白」を識閾---「記憶」と「忘却」の境界線上に、つねに保っておくこと。
私は言葉で、「碑」をいくつも建てる。「記念碑 Denkmal」も「警告碑 Mahnmal」も,その他諸々。子供のいたずらのように、小石や木切れを置いただけのものもある。
ともあれここが、私の「記念処 Gedenkstaette」である。いつも水ぎわに,あるいは零地点にあって、「記憶」と「忘却」の波にかわるがわる、洗われている。

Herbst 2000
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