journal in japan

記憶の中の詩

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2006-05-13 [ Sat ]
(後半、通訳(翻訳)関係の話題で最近ちょっと不愉快なことがありました。
mixi がらみですが、ミク友さんともリアルの友人・知人や仕事関係とも無関係です。
それでブログか、会員制でさらに限定公開の mixi かどちらに載せようか
迷ったのですが、長さの関係で・笑・ブログに載せます)

会場は都内のある大学。
メトロの出口を出たところ、キャンパスの塀の外側に
掲示板と学内地図。
会場の場所を確認しようとしたら、「スイマセ~ン」
とんでもない上からニホンゴが降ってきた。
「コレは・・・」映像作家のポスターを指す。「ドコデアリマスカ?」
「私も行くんです」
え~と、だから今探しt・・・
わらわらと駆け寄ってくる足音。
「この人も行くんだってー」と、英語。
留学生なのだろう。若いヨーロッパ人の男女3人。
みんなひどく背が高く、後になり先になりして走っていくのだが、
彼〈女〉らどうしは不思議な言葉を話している。
私の知っている言葉たちにわずかながら似ているのだけれど、
まったく聞きなれない言葉だ。
ためしに私の使えるもうひとつの言葉を口走ってみたが、反応は薄い。
ただ長蛇のしっぽにつかまって待っている最中、
ヴェンダース夫妻を見かけて大はしゃぎし、1人は周りをうろうろしてみている。
そんな様子が微笑ましかった。
シンプルだけれどセンスのいいファッションで、言動も無邪気でいて慎ましかった。

天井桟敷に押しこめられ、開始前から消耗してくる。
ふと振り返ったら知人と眼が合った。
何年ぶりだろう。
・・・ていうか、スタッフか招待席にいると、だから今日は会えないと思ってました。
兄弟子のパートナーで、私にとっては昔のランチ・メィト、というより
映画研究・評論の仕事をしているおしゃれな才女。
講演会の告知には英語通訳者として別の名前があり、
表に出ないことは知ってましたが。
「ん~、通りすがりに来てみたのよ」すぐ近所に住んでいる。
「てか、さっき別の仕事の打ち合わせしてたら、これからやるよ~とか言うから」

「ねーねー、映画と講演とどっちが先?」
ごめん、プリント・アウトしたインフォメーション、席の書類鞄の中にある。
「映画先ってことないわよねー、20分も見せられるのぉ?」
さすがプロ。私はまったく聞いたことないタイトルなのに。
「話すぐ終わるかなー、巨匠だもんそのへんはねー」
オネエサマ、ヴェンダース作品を見ただけでも、彼の話がどれくらい短くすむか
想像つきませんか?(笑
「そういえばね、表参道でサインと握手もらってきた♪」
10年以上前、たぶん六本木のミニ・シアターでヴェンダースに会ったと
はしゃいでいたのは彼女だ。
(「『ヴェンダース退屈だよねー』とか言ってたのに、エレヴェータで乗りあわせたら
 握手せがんじゃったー♪」と・笑)
「写真展でも10分くらいの上映してたけど、なんだけっきょく
『東京物語』も『東京画』も、ずるずる引きずったまんま尾道まで来たのねー
って感じ」
「引きずるでしょー」
「まだ探してたんですか、あの面影・・・って」
「あはは、もう30年もそんなことやってんじゃない?あの人」
彼女と個人的なコンタクトはないけれど、この話は彼女にしたいと思っていた。
偶然でも会えてよかった。ありがとう。

さて、英語による講演で、逐次通訳つき。
通訳の現場を「見学」したくて、主に一般公開されているこういう場を
たまにのぞいて歩いているのも、今日来た1つの大きな理由。
・・・と、いきなりやりました。
みごとなフライング。
演者がまだ話していないことを、通訳者が先に通訳してしまったのだ。
いかにもあらかじめ訳した原稿を読み上げているようなので、
いつかはあると思っていた。
そのうち、"story" を「物語」と訳していることに引っかかる。
これは個人的なこだわりで、ちょうど実家に置いてあるはずの蓮實重彦の
「物語」論や、学生時代悩まされた18-19世紀ヨーロッパの小説理論の
ことを考えていたせいなのだが。
ヴェンダース自身があとから「"story" は日本語で言えば "monogatari" ですね」と
言っていたけれど、ずぶの素人でもない日本語の通訳者はもうちょっと考えたほうが
(事前にきっちり日本語訳用意してきてるんだし)いいのじゃないか・・・と。

巨匠の話は長い。
時間を見て話をところどころ端折っているようだが、それにしても。
通訳者がどんどんエグゾーストしてくるのがわかる。
サポートまで時々あたふたしてるのが、2階席の後ろからでも見えますがな。
2時間(以上)もの時間を1人の通訳者にぶっ通しでやらせるのは、
ちょっと負担が大きすぎるのではないかと思った。
演者が講演の草稿を通訳者に渡してからさらに手直しするのはよくあることで、
ヴェンダースも昨日ずいぶん書き加えたという。
渡された草稿と実際に行われている講演の内容を眼と耳と頭で比較しながら
通訳していくことは、たしかにものすごく(原稿があるだけにかえって)
大変な作業。
でも、だいじなキー・ワードや発言を訳しおとすことが増えてきたのも、
この通訳者だけの責任ではない。

講演が終わり、時間はとうにオーヴァーしていたが質疑応答。
最初にパネリストと称して壇上に上がったどこぞの教授(寡聞にして存じあげず)がぶっ飛びもの。
30年前、パリ留学中の自分の「ヴェンダース体験」について滔々と・・・
・・・もといぼそぼそと語る。
これがこの人のスタイルかもしれないのだが、ちょっと TPO が違う気がする。
と、なにか「スイッチ」が入ったのか、フランス語で直接ヴェンダースに質問をぶつける。
や、ヴェンダースには先ほどの通訳者が、同時で通訳をしてますよ。
てか、どんな質問だったんですか?
通訳者に促されて、質問者自身が日本語でもう1度繰り返す。
これが2,3度と続いた。
最初は通訳者の負担を軽くしようとする気遣いかとも思ったが、
会場は明らかにヒイている。
というよりヴェンダースは同時通訳で話にきちんとキャッチ・アップしており、
日本人の聴衆もヴェンダースの英語をそれなりに理解している。
たとえ質問者が自分で「逐次通訳」しているとしても、
同じ質問がフランス語と日本語で繰り返されるのは時間の浪費以外の
何ものでもない。
まして日本語で言ったのと同じ内容をフランス語でヴェンダースに質問するのは、
通訳者の職域侵犯でもある。
なんだけっきょくこのプロフェッサー、自己満足と自己顕示のためにフランス語
しゃべってるんだ、と思ったら馬鹿馬鹿しくて、ドイツで買ったイタリア革の
ローファーを投げつけてやりたくなった(ヲイ
朝から昼から夜もぶっ通し、時にはアルコール入りで語り明かすような
「魔の山」シンポみたいな状況なら、こういうスタンド・プレィヤーも
たまには楽しくていいのだが。
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