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記憶の中の詩

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2006-06-01 [ Thu ]
「君が代」替え歌ネットで広まる 斉唱義務への抗議として
「君が代」替え歌流布 ネット上「慰安婦」主題?〔産経新聞〕
kiss me〔反日の丸・君が代サイト上の替え歌と解説〕

ついでにこんなのも発見:
カトリック内部委 国旗・国歌拒否の要請文 全国の系列学校に送る
カトリック学校の日の丸・君が代・元号についてのお願い

私の中高はプロテスタントだったが、まさしく反日の丸・君が代・元号。
ついでに大学もミッションだった(政治的にはもっと穏健、というかたぶん体制派)
ので、中学入学以来式典の「日の丸・君が代」とはいっさい無縁。
中高ではヘンデル「ハレルヤ」コーラスが、
大学では弦楽アンサンブルによるエルガー「威風堂々」が式典の思い出だ。
で、いまだに元号にはなじめず、通訳の勉強を始めてから必要に迫られ、
やっと意識的に西暦と平成の換算方法を覚えた。
私学、特に宗教系の学校はこういう問題に関して自由裁量の余地があると
思っているので、自分の大学が大葬の礼の日に、周辺警備の警官隊を構内に
入れながらも試験を実施したという話には(6年間「非国民教育」を受けてきた
者として・爆)ををーと思ったし、現皇太子ご成婚パレードの際、沿道に聖歌隊が出て
(しかもガイジンの!)神父さん(どっかの学科の教授だ)の指揮で歌っている
TV 映像には頭を抱えた <たんにミーハー根性が恥ずかしかったのもある(笑
中高でも、特に(生徒に人気はあったし私も個人的に好きだったけれど)
「一部の極度に反動的な教師」(その1人は当時のカリスマ院長自身・爆)の
言動がときに極端に政治色を帯びすぎることにはついていききれない思いもあり、
今の私は、例えばどこぞの公立学校の教師にでもならなければ、さして思想信条的に
問題視されることもないだろう。
(そいえば教員免許、過去の取得者にも更新義務が課されるとかなんだとか・・・
どこしまったっけ・・・高校1級まで、しかも2科目とったのに・・・笑)
ただ某漫画家を中心とするキャンペーンのおかげで「ニッポン、チャチャチャ!」には
反射的に総毛だつようになってしまった。

仮に式典に出席する立場だとしたら・・・黙って神妙にしているか口パクですませるか、
せっかくならきれいにきちんと歌いたいのでちゃんと歌うか。
(東儀秀樹のアレンジによる「君が代」は美しい)
 (余談だがある教会でラジオ牧師風のゲストによる特別礼拝にたまたま出席し、
  カタマってしまったことがある。
  説教だけでも "o gimme a break!" だったのに最後に
  「さぁ、皆さん前に出てともに祈りましょう!」と大げさな身ぶりで叫ばれ、
  一気にトレランスの針が振りきれてしまった。
  私だけがじっと信者席に立ちつくしているので牧師さんはさらに何度も叫んだが
  私がどうしても動かない-動けなかった-ので、彼は諦めて祝福をした。
  -この祝福だってふつうにするなら、私は礼拝の一部として慣れているので
  なんの抵抗もないのだ-
  礼拝後、この教会の信者である友人の母親がそっと寄ってきて、
  硬い眼で真意をただした。友人は駅まで一緒に帰ったが-お茶ぐらいしたかも-
  何も言わず---ただその数年後、とんでもない大しっぺ返しをくらわしてきた。
  ま、相手だけでなく私も若かったてことで)

それは今の私にとっては、神道の儀式で柏手をうち、
カトリック教会でローマ十字を切るのと同じ、その場のしきたりに敬意を表し、
ritual をかりそめにも共有する、人間として基本的な態度。
ただ、生徒に指導しろと言われたらキビシそうだ。
個人的には、この替え歌もありだと思う。
この歌を強烈に批判したどこぞの大学教授(産経新聞掲載)は、
マリア観音の国の人とは思えませぬな。
(「宗教に寛容」-実際は宗教的に無知なだけ-な日本人が、
ときに他人の宗教感情を大きく傷つけ、それが死傷事件にまで発展してしまう
ことの背景には、宗教にかぎらず日本人が一般に self-irony や
自己パロディが苦手なことがあるのではないかと思う・・・)

卒業式で君が代斉唱を拒否し、生徒や父兄にも拒否を呼びかけた
都立高教諭が、実刑判決(罰金)を受けたという。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060530-00000033-mai-soci
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060323-00000184-kyodo-soci
この原告・検察側の求刑(懲役)理由も論理がおかしいし、
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060323-00000184-kyodo-soci
『国民の歴史』論争やその他の議論、
そして今回の「君が代パロディ」をめぐるいくつかのブログをみても、
いわゆる保守派の論理やそもそもの事実認識は破綻してるのじゃないかと
思わされることが少なくない。
(理屈が通ってさえいればいいわけでないのは、もちろん承知之助)

このログも何が言いたいのかわからなくなってきたが、
とりあえずはいくつかのリンクのメモと、
今までも今回も考えてきたことの、これも走り書きということで。

W杯が目前となり、こちらでも国歌斉唱が heikel なテーマになっているようだ。
Bild の記事ですが・・・
(親善試合で「ドイツは日本にスシにされた」って記事の元ネタ探してただけなのに・笑)

In den Nationalhymnen geht es um Tod, Waffen, Ruhm und Alpenfirn
Nationalhymnen Das singt die Welt bei unserer WM


Nur Poldi sang die Hymne nicht mit
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