journal in japan

記憶の中の詩

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2006-05-30 [ Tue ]

昼すぎから天気が崩れる、かなり荒れるかもしれない
という予報はみごとにはずれた。
頭を押さえつけてくる陽ざしに雨傘を翳す気になれず、
俯きかげんに歩いているのは、じっとり湿った空気に
雁字搦めにされて身悶えしている気分だ。
いつの間にかシャツと同じ色にまで戻ってしまった
むき出しの腕も肩も、やわな陽ざしをうけてじんわり疼く。

ふいと視界を遮ったのは、よく繁ったひと枝。
雲龍紙を手で丸めてしぜんに開かせたような葉のあいだに
ぽつぽつと実が生っている。
まだ黄緑がかった赤から、ほとんど黒に近い赤まで。
桑だ。
こんなところに生えていたのか。

少女のころ、学校の帰り道に摘んで食べた桑の木はまだ小さくて
眼の高さに、さほど豊かでもない実りが子供のいたずらを待っていた。
その木はそれ以上たいして育たないまま、
実をつけた姿のままで遠い記憶のひとこまになってしまったけれど
今眼の前の木は高く枝も大きく広げ、
食べごろの実は少し手を伸ばさないととれない。

手を出さずに通り過ぎたのは、
少女がもう少女でなくなったからではなく・・・
いや、その実を啄ばんだなら
葉を綴りあわせて肩をおおうくらいの知恵はついたのかもしれないのに。

しかしパレスチナの無花果の木とは違って
疲れた人にわずかな蔭と風と、
漿果を舌の上でつぶしたときの渋みのある潤いの記憶をくれた桑の木に
私は感謝して視線を高く投げた。

ありがとう。
こんど通ったときには、あなたの木蔭と実を
ゆっくり味わわせてもらうわね。
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