journal in japan

記憶の中の詩

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1999-08-31 [ Tue ]
「カカーニエン!」
呟いてから、これは何の言葉だろうと、考えた。
そうだ、ここは W... なのだ---O-H 二重帝国 kaiserlich-koenigliche Monarchie、20世紀初頭の作家が、頭文字をもじって「カカーニエン」と呼んだ大帝国の、首都の末裔である。
いや、「カカーニエン」と呟きながら私が思い浮かべていたのは、ローベルト・ムージルではない。同じ世紀転換期を生きはしたけれど、フランツ・カフカの、そしてペーター・ローザイの世界である。ゆけどもゆけども辿りつかない、道は無限にいり組んでいるけれど、決して中心に到達することのない・・・それももちろん、この黄昏ゆく H... 帝国の、隠喩ではあったのだが。
文学少女的妄想にかられている場合ではないと思い直して、眼の前の売店に入る。
"Gruess Gott!"---この地では、これが普通の挨拶のはずだ。しかし店員は、"No German!" と手を振る。
やはりここは、カカーニエンではないのか。
次に声をかけた店のレジ番も、私が話し出すと戸惑ったように首を振った。それでも、スラヴ系らしい若い男に、語尾まではっきり強調した声楽用言語で、構わずまくしたてる。こんなにテンションを上げると、その場に倒れそうだ。
「気分が悪いんです。救護室 Ambulanz はどこですか?表示が出てないので、さっきから迷ってます。フラフラして、熱があるかも知れないんです」
思ったとおり、彼は言葉ができるのだ。話しだした言葉は、確かにかなりのブロークン---スロヴァキアか、旧ユーゴのどこやらなのか、南スラヴ系の響きはあるけれど、喋りなれた風である。
「そしたら、救護室 Ambulanz へ行かなきゃ!」--「それを探してるんです」--「僕も実は、よくわかんないんだけど・・・この並びをずっと左へ行って右へ行って、黒いドアを入って階段を下りたところ・・・そこで訊いてください」
左へ行って右へ行って・・・ともかく礼を言って、謎めいた「迷路ゲーム」を始めるが、さっそく迷ってしまう。「黒いドア」は空港のオフィスらしい。手前に防弾ガラス?のブースに入った、受付がある。なるほどドア前の天井に、「緑地に白十字」のマークがついているのだが、ただし矢印はあさってを向いている。矢印の方向は、出口だ。自動ドアの両側に、恰幅のいい係官が立っている。私はもちろんトランジットで、W... ではおざなりなパスポート検査を受けただけだ。
踵を返して、土産もの店街をもう1周する。意識はすでに、朦朧としている。膝が折れそうだ。それらしい「黒いドア」は他にないので、諦めて乗継ぎゲートへ行こうとした。
「ハ~イ!」
若い小柄な男が近づいてきて、肩口でヒラヒラ手を振る。私は W... に、知りあいなどいないはずだ。
「救護室、見つかりました?」さっきの店員だ!「それが・・・」--「僕も探したんだけど、よくわからなくって。ちょっと、そこで訊いてみましょう」--「私のために、探してくださったんですか?」
聞こえなかったのかそのふりをしたのか、彼は先に立って歩く。荷物を持ってくれるほどのガランテリーはないが--それにまさかその中にパソコンが入っており、石のように重いバッグだとは、彼の想像力を超えていただろう--、足どりからして、「小柄な(!)病人の日本人」を気遣っているのは、よくわかる。
それより、さっき彼は一人で店番をしていたのだが・・・
彼は自動ドアのところまでずんずん進み、係官に何か訊いた。そして振り向いて、
「この先だそうですよ!」--「この先って・・・だって私、ドイツまで飛ぶんですけど・・・」
いいんですよ、どうぞ・・・50がらみの係官はさほど粋人には見えないが、無言のまま恭しく、腕で方角を指してみせる。右側の係官は右腕を、左側は左腕を。
「ありがとう!」
振り返るとまだ店員がいたので、礼を言うと、両手を振ってくれた。
自動ドアを出、エントランス・ホールを突っ切って、目立たない細い階段を下りる。壁も天井も薄い黄緑色に塗られ、人の気配がまったくしない。ドアの1つに、「緑地に白十字」マークがあった。ベルを鳴らすと、小柄できびきびした、白衣の女性が出てくる。
事情を説明したら、手前の部屋に通された。
彼女が手にしている、白く酷薄な光を放つピストルは---最新型の、体温計である。
耳の穴にさしこんでレバーを引き---プシッと、小さな音がした。
「何でもありませんよ」液晶表示を、見せられる。「でも・・・」--「熱なんか、ありません」
確かに36.5℃、日本人としても平熱である。体の芯が熱く、手もじっとりと汗ばんでいるのだが、まだ熱が出る前兆だけで、体温は上がっていないようだ。
「これじゃ、薬もあげられません」--「薬はいらないんです。ただ、飛行機が出るまで1時間近くあるので・・・」--「どこも悪くありませんよ!」--「でも気分が悪くて、座ってもいられないんです。しばらく横にならせて、いただけませんか」
ここへたどり着くのに、最後のエネルギーを費やしてしまった。
「病人でもないのに、そんなことはできません!」
ようやく辿りついた「中心」は、けっきょくめざす「目的地」ではなかった。
これで係官が私を忘れており、トランジット・ゲートに通してくれないと、まさしくカフカ的世界である。しかしさすがにそんなことはなく、またホテル・ボーイのような慇懃な身ぶりで、私は自動ドアを通された。
さっきの土産物屋の前を通ったら、スラヴ人の店員は、客らしい男と世間話に熱中していた。煙草やら雑誌やら、安物のぬいぐるみが置いてある、街のキオスクのような店である。
一国の首都の国際空港という緊張感は、どこにもない。
F... 行の待合室が、ようやく開いていた。
ここが時間どおりに開いていたら、私は空港内をフラフラさ迷う必要はなかったのだ。もちろんそうしたら、「カフカごっこ」をして、それぞれ職業意識をまったくもたない店員や係官や、救護官に会うこともなかったのだが。
飛行機に乗りこんだとたん、意識が白くなった。ふと気がつくと、スチュワーデスが軽食のトレーを片づけている。もちろん私のところには、何もない。
ほんとうに熱が上がってくる前に、水を1杯もらいたかったが、その瞬間シート・ベルト着用ランプがつき、機体は下降態勢にはいった。
今日は国際線も内陸線も、パイロットは大外れだ---気流のせいか、上下動が激しい。体の中を、乱暴にかき回されるような不快感が、また増幅する。国際線の全日空機は、機内食も外れだったので、胃はとうに空っぽだ。かえってそれが、幸いだったかもしれない。
そうだ、空港に着いたら、電話をするのだった。定宿のオテル・ガルニのおかみさん・・・そういえば、この一家もスラヴ系だ。
しばらく M... 河をなぞって、やがて緑や黄金色の畑が、眼下にぐんと迫ってきた。

August 1999
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