journal in japan

記憶の中の詩

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2007-07-21 [ Sat ]
昔、友人の元パートナーが1年間の予定で
日本にやって来たとき、伯父に電話した。
外国語が堪能で、外国人の相手も慣れている人なので
何かあったら力になってほしい、
だから彼女に伯父の連絡先を教えていいかと。

快諾した彼は、彼女の名前を聞いてふっと黙った。
昔同じ名前(人種も同じ)の女友達がいて
兄のようになにかと頼りにし、慕ってくれていた。
できる範囲で力になっていたのだが、
ある時どうしても仕事の都合がつかず、会わなかった。
それから間もなく彼女は死んでしまった。
そのとき会いたいという、どんな用事があったのかの事情も
なぜ死んだのかその理由もわからずじまいだったけれど、
たった1度わがままを聞いてあげなかった後悔と自責の念を
私の頼みごとで思い出したという。
それもあって、私の友人の友人にはできるかぎりのことを
してあげると。
「ただ、あの国の人たちは気はいいけれど
感覚は日本人とはかなり違うからね。
お前もお人好しになりすぎて、
振り回されないようにしなさい。
彼女だけじゃなくてね、あの人たちのことに巻きこまれると
ほんとうに大変なんだよ」

伯父の青春の感傷も、
冷たいエゴイストにみえて実は気弱で人が好いことも
よくわかっ(てい)たけれど、
彼女の名前は、その国ではありふれた名前だ(笑
ただ若くして死んだその女性の話は、
親戚じゅうの誰からも聞いたことはなかった。

知人女性は憧れの日本の現実を知り、
たいへんな失望と苦労を味わったようだが、
誰の助けを借りて苦境を乗り切ろうとするのでもなく、
彼女の決断は契約を中途破棄して帰国することだった。
強烈な第六感に衝き動かされた私が
伯父の忠告を忘れたわけではないけれど
つながらない電話を必死にかけつづけていたちょうどその頃、
彼女は一切合財をひき払って国際線に飛び乗り、
眠り慣れたベッドに倒れこんでいたらしい。
それからさらに何ヶ月もたって、伯父が
「あの話の人はどうなった。元気で頑張ってる?」と訊くので
私は「元気みたいよ---ヨーロッパでね」と答えた(笑

彼女の日本での仕事にまつわるニュースが
先日ひとしきり大きな話題になったのと、
その他あれやこれやで、久しぶりに思い出した。




... was hat man dir, du armes kindlein,
                  angetan? ("Mignon")
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