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記憶の中の詩

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2007-09-05 [ Wed ]
(3)
そろそろ昼食をとりに下りようかというところで、
講演会のアナウンス。
そうだった。
こういうのは当たりはずれがあるので、
はずれの場合こっそり抜け出せるように、ドア近くの席を確保。

講師の顔を見て吹きだしそうになる。
さっきチケットを買ったとき、
隣に立ってカウンタに大きな鞄を置いた男性だ。
独特の匂いがするのは感じていたが、そういうことだったか。

話が始まって、またひそかに独り笑い。
洒落者で神経質そうな(そういう面もあるのだろうが)外見とは
ギャップのある、訥々とやや拙い話し方。
はっきり言って、話は下手だと思う。
講演の趣旨は「抵抗の画家」「戦争被害者の画家」といった
ステロタイプな靉光のイメージを覆したいというので、
正直主催の新聞社のコラムを読んで
あまりに素朴で安直な決めつけに、作品をよく知らないながら
違和感を抱いていた私は、ペンを握りしめて話に聞き入った。

・・・なのに、進まないのである。
1つ1つのエピソードは興味深く、自分の足で歩いて
資料を掘り起こし、関係者の話を聞いてまわった
フィールドワーカーの好奇心と苦労に共感する。
でも、本題は?
時計を見てはいないけれど、今そのエピソードを話していて
あなたの講演原稿、あるいはタイム・テーブルでは
ちゃんと時間内に話がおさまる予定ですか?(岡目八目

画家自筆の皇室典範だか教育勅語の墨書の画像が出てきて、
講師が何度もそれを出したり引っこめたりするので、
どやしつけたくなる。
床に自筆稿を置いて水平に撮影した画像に、
講師本人のものとおぼしき靴先が写っている。
ぃゃ、画像の下1/3くらいが靴である。
きっとここで、笑いをとるつもりなのだろう。
とびきりエッジの効いた講演の資料映像(動画)の冒頭に
ディズニー映画の一部を1-2分ほど挿入し、
「すみません、娘のヴィデオに重ね撮りを・・・」と
とぼけたガイコクゴでうそぶいてみせたのはある知人、
同窓の先輩の夫君。
その手はもう、古いんです。
今日の聴衆も緊張/謹聴しているのか呆れているのか、誰も笑わない。
それより「抵抗の画家」「反戦平和運動のシンボル」etc. etc. の
実証主義的反証は?(マダァ~~~

空腹と押してくる時間に急かされた私が荷物をまとめようとするたびに、
計ったように講師は論証やテーゼを小出しにしてくる。
これはさすがに意図的でない証拠に、残り時間を気にして
話をはしょろうとはしているし、
だのに面白いエピソードがあると、つい喋らずにいられないのだろう。
気持ちはよくわかるのだけど・・・

どうにか結論めいたものを講師が口にしたところで、
拍手もせずに講堂脱出。

ところが、この話もログも、まだ終わらないのである。

==
前衛アーティスト随行日記(連載中)を読みながら、
あぁあの頃はまだ夏だったのよねぇ、と思う。
汗だくの旅行だったというか、私が彼らに瞬間遭遇した時も、
通りがかりのコンビニで買ったミネラル・ウォーター2Lを
抱えていたのだ(笑 <詰替え補充用
台風接近中で明日は蒸し暑くなるとか、夏と秋とのはざまで
ul 作業もまだ終わらない・・・
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