journal in japan

記憶の中の詩

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007-09-07 [ Fri ]
(4)
ところが、この話もログも、まだ終わらないのである。

また、展示を最初から最後までさらりと流す。
気に入ったシュールな細密画、日本画風・・・あたりで足を緩める。
ある友人の仕事スペース~居間スペースの壁に
H.B. と A. がかかっていたのを思い出す。
数ヶ月間の仮住まい(furnished)なので、もともとあった調度品を
そのまま使っていたのにすぎないのだが、
その絵を眺めているのが好きだった。
のちに1度は流れたものの数年後に旅を実現させた地で、
A. は数寄者の王に錬金術師として抱えられていたことを知る。
城の一角にそういう怪しげな科学者だか魔術師だかを住まわせた路地は
今は観光スポットのハイライトの1つ。
でも私たちは夏の夜、ひと気がない路地路地を回った。
フラッシュを消した400のフィルムに放縦に流れた
彩光は、まるで絵の具をチューブからキャンヴァスに
そのまま押し出したように。

関連小展と常設展をさらっと回る。
これはいつもと同じ。
いや、東京の美術展[館]なら常設展はそのうちいつか、で
出てきてしまうから、ちょっとだけ欲張っているだろう。

講演を聴く前も後も、靉光作品になんらかの思想性---政治性を
私は感じない。
さまざまな作風を経てもそこに一貫しているのは、あきらかに彼は
昭和・・・20世紀前半、大戦間期の芸術家であり人間だったということだが
それ以外にはむしろ普遍的な、芸術との対峙の姿勢が
ひしひしと伝わってくる。
では逆に、芸術至上主義に走ったにもかかわらず・・・あるいはそれ故に
ファシズムに利用されてしまった各国の、そしてとりもなおさず
日本浪曼派はどうだったのだろうと、ちらりと疑問が頭をかすめるが、、、
私は何も考えないために、旅に出てきたのだ。

常設作品の中では I.N. と M.E. を少しゆっくり観、
秋からのプロジェクト新フェーズに使えそうなヒントがあったので
携帯で資料撮影をし、パンフレット類をもらって
 <嗚呼また仕事が、紙が・・・・・・
街に戻ることにする。

・・・と、発車間際のトラムに乗りこんできた人物に見覚えが。
ここでは私は旅行者なのだが・・・本日3度め、靉光講演の講師である。
私のまん前に座ったので、一瞬迷ってから思いきって声をかけた。

素直に話のお礼と感想を述べた。
話が下手っぴなのに面白いから、私は朝から飲まず食わずだとは
言わなかった。
トラムのがたごとに声がかき消されてしまい、
講師が長身を折って聞き入らなければならなかったのは、
空腹のあまりもう声が出なかったせいなのだけれど。
彼のこういう仕事が活字発表されているか、
とくに今日の講演内容の発表予定についていちばん訊きたかったのだが、
彼はうっと唸ってあれこれの言葉を不器用に並べた。
口下手なのは聴衆の前に立ったときとか、「靉光というテーマは
自分にとっては重たいものなので」というだけではなさそうだ。
乗換停留所まで2つ、5分たらず。
演者に講演後の会場で話しかけるとかレセプションで一瞬捕獲するとか
 <後者のほうが競争率高し
このへんの敷居は、その気にさえなればたいして高くない。
でも帰りに公共交通機関の中で接近遭遇するとは、
東京ではまず期待してかなわないものだ。

ちょうどやって来た乗換路線に腰をおろしてからカタログを開いたら、
参考文献リストに講師の業績もたんと載っていた。
寡聞にして無知、重ねてご容赦を。
これはまた近いうちに、大学図書館に沈没せねば。
ただやはり、大きくいえば「靉光再評価」に関わる今日の講演内容は
まだ活字発表されていないようだ。
彼はとある県庁所在地の美術館勤務。
今日のお礼とお詫びと、そしてもう少し私自身の(興味の)background を
はっきりさせるなら、そういえば美術館気付でメールを出せばいいのだと
思いついた。

***
9月7日深夜。帰京後3週間経過。
・・・講師にメール、まだしてません。
美術館のサイトさえ検索していません。
ときに帰ったばかりの週明け、気がついたこと。
ワタリウムで靉光生誕100年展@東京終了の瞬間を迎えたときの
メモを発見。
「(…)巡回スケジュール:仙台~広島(…)」などとai-mitz
付箋にメモし、雑記用の rhodia に貼っておいたのだ。
講演のメモも、この rhodia に書いた。
それがなぜ&いつ「富山~神戸」に脳内変換されたか、大きな謎。
自分が馬鹿らしく悔しかったので、
講演メモのページにその付箋を貼り、カタログと一緒に撮影。
このヨーロッパの銅版画のような、でも実は
毛筆で緻密に描きこんだ一種の自画像が、
私にとっては日本近代の H.B. あるいは A.。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://sitem.blog54.fc2.com/tb.php/234-3989e9b0

-

管理人の承認後に表示されます

 | HOME | 

2017-08

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »

profile

melusine

author: melusine
記憶の中の言葉たち

recent trackbacks

FC2-counter

be my blog-friend (:-))?

search in this blog

tabula rasa

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。