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記憶の中の詩

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2006-03-01 [ Wed ]
私が中高6年間を過ごしたプロテスタントの女子校は
自由闊達な校風が有名---といえば聞こえはいいが、
破りたくても破ってもちっとも楽しくない
当たり前すぎる校則を3つだけ与えられ、
「あなたたちには聖書がある。
あとは自分で考えなさい」などと突き放され、
かえって生意気盛りの10代の反抗心をそがれて育った気がしなくもない。

それでも不文律のタブーというものはやはりあって、
元号を一切使わない
(年代によってブレはあったようだが、おかげで私は
元号で年数計算するのが今でも苦手だ・笑)とか
日の丸・君が代なしとか・・・・・・
なかでも子供心にいちばん不可解なタブーは、
「黒いストッキング」だった。

60年代末の学園紛争で制服は廃止されたが
標準服としてセーラー服があり、式の日や
通学用の私服を考えるのがめんどうな時には便利ではあった。
靴下はソックスかストッキング。
しかし、ストッキングの「黒」は学校で認められていなかったのである。

学校でストッキングを破ってしまい、購買部に買いに行くとする。
ストッキングの箱をのぞいて「黒は・・・」などと言おうものなら
購買のおばさんが眼鏡の奥から上目遣いににらむ。
「先生から説明があったと思いますが、
この学校では黒いストッキングを認めてないんですよ。
ここにあるベージュか紺、それしかありません」

そういえば聞いた気がしなくもないけれど、
つまらないしよくわからない話で、ぜんぜん覚えていない。
「きちんと説明されていない、納得できないものに従えない」のは、
校風が骨の髄まですでに沁みこんでいる証拠だ <居直り
でもないものはしかたないので、そのつどどちらかの色を選ぶ。

まぁ「認めていない」と「禁止している」はとうぜん違い、
外で買った黒いストッキングをはいて登校しても、
別に何も言われない。
卒業生も少なくない教師の誰一人として、
生徒のストッキングの色をいちいちチェックするなど
まったく興味をもたなかったのだ。
だから黒いストッキングは、教師への反抗、
不文律に対する抗議のシンボルにもなれなかった(笑

卒業後ずっと経ってから、初代院長矢嶋楫子の評伝を読む。
遅ればせながら「タブー」の意味を理解する。
社会運動家を多く輩出した、まさしくその先陣を切った楫子は
多岐にわたる功績のひとつとして「公娼廃止」運動を率いた。
そういえば教師や購買のおばさんが言っていた
「ストリート・ガール」とは、コノコトダッタノカ。
新宿や原宿闊歩してるティーン・エィジャーじゃなくって(爆
「黒いストッキングはストリート・ガールのはくものだから
楫子というカリスマ院長をいただくこの学校では認めない」
そういう意味だったのか。

もちろん(コラ)私は黒いストッキングで平然と通っていたし、
そんな日は学校で補充できないのを知っているから
ストッキングを傷つけないように慎重にふるまった(笑
高校を卒業してからは黒いストッキングはもちろん、
真っ赤なルージュやネィルも覚えたけれど、
幸か不幸か私を「ストリート・ガール」と見る人は
どうやら皆無のようだ <それはそれで自爆もの
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